愛知県豊田市にある豊田PCB処理事業所
杉本裕明氏撮影 転載禁止
PCB(ポリ塩化ビフェニル)が混入した食用油を摂取して起きたカネミ油症事件から半世紀。現在もなお、2,300人の認定患者が苦しみ、被害は1万4,000人に及ぶ。吹出物、色素沈着、目やになどの皮膚症状のほか、全身倦怠感、しびれ感など多種多様な症状を及ぼすだけでなく、PCBの異性体の1つ、コプラナーPCBは発がん性のあるダイオキシン類の1つだ。
そんなPCBを含むトランス、コンデンサなどのPCB廃棄物が長く処理されずにいた。2000年代に入り、ようやく国が全国に5つの処理施設を設置し、無害化処理を進めてきた。その処理がようやく終わりに近づき、間もなく施設の解体に着手するという。
5つの処理施設のうち、自治体と住民が関与し、良好な関係を保ちながら処理が進められていた愛知県豊田市にある豊田PCB廃棄物処理施設を訪ねた。
ジャーナリスト 杉本裕明
トヨタ自動車の工場近くにある処理施設
トヨタ自動車本社と工場・下請けの工場群がひしめく愛知県豊田市。日本の自動車産業の中心地と言える。歴史のある元町工場の向かいに、小ぶりで背の高い倉庫のような建物がある。
壁に青色で「JESCO」の文字が浮きあがる。愛知、岐阜、三重、静岡4県の企業が保管しているトランスやコンデンサなどPCB廃棄物の処理施設だ。
中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO)は、2004年4月に国が設立し、高濃度PCB廃棄物の処理と、除染に伴って福島県内で発生した除去土壌などの中間貯蔵事業をしている。
PCB廃棄物の処理施設は、北九州市、豊田市、東京都江東区、大阪市、北海道室蘭市の5カ所にあり、周辺区域で工場・事業者などが保管しているコンデンサ・トランス・PCBを含む油、汚染された電気機器などを受け入れている。
東京の施設が水熱参加分解法と言われる処理方法に比べ、豊田など他の4施設は、脱塩素化学分解法を採用する。これは、PCBの塩素を化学反応によって水素や水酸基などに置換し、ビフェニル類に分解し、無害化する。
国が長い間放置してきた理由
PCBは燃えにくく、絶縁性が高いため、変圧器や電気製品などに使われてきた。1968年のカネミ油症事件の発生で、72年に生産停止、73年に化学物質審査・製造規制法で特定化学物質に指定され、製造・輸入が禁止になった。しかし、PCBを含む製品は回収・処理されないまま、事業者が保管する状態が続き、不明も多く、河川・土壌に垂れ流される事例も生まれた。製造されたPCBは5万6,000トンだが、かなりの量が環境中に流出したともいわれる。
本来、事業者を指導・監督する側の通産省(現経済産業省)のチェックがずさんで、有害廃棄物を所管する厚生省(当時)も、焼却処理をしようと実験し、地域住民の反対を受けて先延ばしにする状態が続いていた。
国際条約で処理迫られ処理体制整える
それを正したのは、結局、外圧だった。2001年5月、PCB、DDTなど12物質の使用禁止と適正処理を義務づけたPOPS条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)が採択され、状況は一変。加盟国の日本政府は、2001年6月、PCB廃棄物処理推進の特別措置法を制定、保管する事業者に届け出と処理を義務づけ、2003年にPCB廃棄物処理基本計画を策定し、現在の体制が整えられることになった。
欧米が焼却処理を進める中、日本は、地域住民に受け入れられないと、高額だが、より安全性の高い化学処理の方法が採用された。60キロ程度のコンデンサ1台の処理料金が約80万円もするのは、こうした理由による。政府は、中小企業に配慮し、国と自治体が費用の7割負担している。
2022年3月までに5施設で、9,607台のトランス類、36万4,882台のコンデンサ類、1万2,360台のその他電気機器を無害化処理している。
PCB廃棄物は厳格に管理し、処理
豊田PCB廃棄物処理施設に陳列してある高圧トランスと高圧コンデンサー
杉本裕明氏撮影 転載禁止
豊田市の処理施設を訪ねた。2022年から所長を務める大見雄一さんは、化学が専門の元分析会社の社員。大見さんと久野公人審議役の案内で、施設を案内してもらった。発電所や変電所で使うコンデンサ、トランスの処理の流れを見ていこう。
中央制御室では職員がモニターでチェック・監視している
杉本裕明氏撮影 転載禁止
搬入する際は、漏れ防止型金属容器に入れて搬入してもらい、受け入れ検査室で、開けて漏洩がないことを確認する。搬入されたPCB廃棄物は、大きさや種類別に分類して保管する。コンデンサはいったん立体倉庫で保管し、そこの排気はオンラインモニターで監視、漏洩のないことを確認している。
持ち込まれた廃棄物からPCBを抜き取り、解体する
杉本裕明氏撮影 転載禁止
コンデンサは、吸引針でPCBを含む油を抜き取り、残った部材を切断し、解体、分別する。硝子の内部などにPCBが染みこまない部材(非含浸物と呼ぶ)を真空超音波で洗浄する。PCBが含まれていないか判定した後、残った金属はリサイクル、紙・アルミ・樹脂は廃棄物として産廃焼却施設に運ばれる。
PCBの分解装置
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一方、トランスは、解体すると、PCBが浸み込んでいる素子・紙・木があり(含浸物と呼ぶ)、撹拌洗浄し、真空加熱分離でPCBを除去。タールや分離液も取り除き、PCBが含まれていないか判定し、残ったものをリサイクルと産廃処理に回す。これらの過程は「前処理」と呼ばれ、操作はすべて遠隔操作を行われる。
できる限り人が触れずに処理
これら前処理の様子を、窓から機械を見せながら、大見所長が説明していく。この前処理で取り出したPCBは、脱塩素化分解装置に送られ、脱塩素剤(金属ナトリウム分散体)と鉱物油を撹拌し、分解したのを確認後、反応槽にクエンチ水を入れて撹拌し、ナトリウムを不活性化する。分解反応ではPCBの塩素がとれて、水素に置き換わり、炭素と水素で成り立つ無害なビフェニル類と塩化ナトリウムに置き換わる。
PCB受入調整設備。PCBを含んだ油を種類ごとに受け入れ、PCBの濃度を調整、PCB脱塩素化分解装置に送る
杉本裕明氏撮影 転載禁止
大見所長は、「危険なPCB廃棄物は人の手で触れることなく、遠隔操作や機械装置で処理を行い、制御室で、障害なく稼働していることを確認しています」と話した。
PCB脱塩素化分解設備。PCBを脱塩素化剤と反応させて分解、無害な物質に変える
杉本裕明氏撮影 転載禁止
施設内を3つの管理区域に分け、通常操業下でPCBによる作業環境の汚染の可能性があり、レベルの高い管理が必要な「管理区域レベル3」は、負圧を高くして他の区域に広がらないよう対策を講じている。作業員は管理区域事に化学防護服、エアメットなどを身につけ、定期的に血中のPCB・ダイオキシン濃度を検査し、健康管理が行われている。
洗浄濃縮油調整槽が見える
杉本裕明氏撮影 転載禁止
この施設での処理は、2005年から始まった。ピーク時には年間200トン以上のPCBを処理していたが、2019年度には100トンを切り、2020年度は21.4トン。いまは、残った少量の廃棄物を処理する程度だ。累計で、2,492台の変圧器と、7万8,796台のコンデンサなど、2,430.8トンのPCBが処理された。この中には、大阪と北九州の施設で処理するエリアから運ばれたものも含まれる。
豊田市PCB処理安全監視委員会で処理期限の延長を報告
これだけの厳格な扱いを行っているPCB廃棄物の処理だが、言葉を換えれば、それだけ危険性があるということだ。処理施設の立地も含め、当初は地域住民の不安も強かった。
大見所長は「年に2回、豊田市PCB処理安全監視委員会を開き、処理の内容や環境モニタリングの結果などをご報告し、情報を共有すること で、地域の人々の理解を得ています」と語る。
「地域住民の方々の理解を得ながら処理を進めています」と語る豊田PCB処理事業所の大見雄一所長
杉本裕明氏撮影 転載禁止
豊田PCB処理施設で2022年9月、豊田市PCB処理安全監視委員会が開かれた。豊田市は、2003年10月、環境省から提案のあった処理施設の受け入れにあたって、事業の安全性や環境保全を確保するために委員会を設置し、施設の稼働後も年に2回、会合を開いてきた。
メンバーは周辺7自治区から6人、公募市民3人、周辺企業2人、大学教員4人の15人で構成されている(当初は13人)。この日の会合では、環境省の課長補佐がお礼の言葉を述べた。
「今回、受け入れのご判断をいただきました豊田市をはじめとして地元のご理解、ご協力いただいた方々につきましては、本当にありがとうございました」
豊田PCB処理施設の地図
杉本裕明氏撮影 転載禁止
実は、豊田の処理施設は、処理が順調に運び、2023年3月末に「計画的処理完了期限」を迎えている。ところが、処理が終わり、一部解体が始まっている北九州事業所のエリア内で、大型変圧器などが見つかった。このため、豊田の施設で一部の処理を引き受けるよう要請され、市が了解した。そんなこともあり、事業終了準備期間中も2024年3月まで処理を続けることとなり、事業終了準備期間を経て、施設の解体・撤去に移る。
豊田PCB処理施設の処理のフローチャート図
杉本裕明氏撮影 転載禁止
会合では、その年に大見雄一所長が、廃棄物の受け入れ台数、今後の処理の見込み数などを報告。「東海4県、8市の受け入れ進捗率が98~100%と、各行政のご協力により、終わりが見えてきております」と述べた。
漏洩事例も報告
さらに、大気、土壌、地下水のモニタリング結果を報告した後、7月に1件、コンデンサからの漏洩が発生したことを明かした。
液量は2ミリグラム。PCBの濃度はキロ当たり8,720ミリグラムと高いが、外部への漏洩はなかったという。大見所長は、図を示しながら、バルブから外へ流れ出さない役割を担う器具が破断し、外へ油が浸み出したと説明。バルブメーカーを呼んで調査をし、結果が出たら再発防止対策と共に報告すると約束した。委員長の松田仁樹名古屋大学名誉教授は「漏洩をしっかり監視しているので、大変よくやっていただいている」と評価した。
施設では、運搬開始時、受け入れ時、処理ラインに移す時の3段階のチェックが行われ、今回は、処理ラインへの搬入準備をしていて発見された。
今後の解体計画に委員らが注文
処理が終わると、今度は施設の解体に移る。しかし、施設自体がPCBで汚染されているため、装置などを洗浄し、PCBを回収・処理してから解体という手順を踏むことになる。事故によって外部にPCBが漏れ出さないか、周辺住民にとっては気になるところだ。
2023年3月、豊田市役所で開かれた会合では、解体について、JESCO側が説明し、委員らが質問した。説明を聞いた後、松田委員長が口を開いた。
「個々の部分で少し私の考えとは異なる。具体的に言うと、プラントメーカーによる技術情報提供という関与の仕方は、これでは甘い。元請解体事業者とJESCOとの間に入ってこないといけないと思う」。プラントを熟知するプラントメーカーが、解体計画では、JESCOに情報提供するだけにとどまっていることを指しての発言だった。
豊田の施設の特殊性も問題になった。他の事業所と違い、豊田の施設は土地が狭いため、スペースが狭く、装置が詰め込まれ、さらに上下に積み上げる形で狭隘(きょうあい)である。JESCO社員が、5施設の共通マニュアルに基づき説明すると、ある委員が指摘した。
「ここは敷地が狭くて密集して三次元でつくった。やっぱり、解体そのものが相当密な作業が起きるから、周辺地域に漏出するリスクって、他所より高いんじゃないか。安心感を高めるためにも、豊田事業所はこういう追加をしましたぐらいの話でないと、説明にはならない」
松田委員長が補足する。
「根拠です。諸々の事情があり、他とは状況が違うので、こういうふうにしましたというものが見えない。なぜ、そのようにするのかということが 皆さんに御理解いただけないので、我々は推測するしかありません」
そこで、JESCO社員が再度説明した。
「高濃度で狭隘な施設という特殊性があるので、通常は先に除去分別、洗ってからプラントを解体しますが、今回のコンデンサ自動解体ラインはそれができない。このため適切な保護具の着用等作業者の暴露対策を講じ、解体をしてそれをそのまま洗浄に持っていきます。ここが豊田の特殊なところです」
しかし、この方法だと、解体はかなりの高濃度下の作業となり、室内の大気も高いだろう。解体作業員の健康への配慮のみならず、外に漏れ出す危険性はないのか。
先の委員が発言した。
「モニタリングから見たら、例えば1立方メートル当たり30マイクログラムで異常値と言ったときに、作業場ではこの10倍程度、何百の単位で濃度は変移している。周辺住民の安心感からいくと、モニタリングして出てきてチェックしているデータは幾つなのというようなものが本来欲しい」
リスクの高い特殊な解体方法を採用するなら、それに即した周到なモニタリング体制をとるべきという意味だろう。これらの意見はJESCOが持ち帰り、次回提示することになった。こうした第三者機関のチェックによって、地域住民の施設に対する安心感が保たれているということだろう。
監視委員会の成り立ち
筆者は、施設ができる前の監視委員会の動きを取材したことがある。建設前の2003年10月の第1回会議で、委員らは「民間企業とどこが違うのか?」「ガスは出ないのか?」「通学時間は運搬をやめてほしい」と、担当者を質問責めにしていた。
12月には、神戸市西区の神鋼ソリューションの工場でPCB処理の実証プラントを見た。分解装置は高さ約1メートル弱、直径約60センチの円筒形で、別の場所ではグローブのような大きな手袋をはめた作業員が機械を操作していた。
監視委員会の委員の一人で、市民公募枠に応募し、作文の選考で選ばれた環境カウンセラーの浅野智恵美さんは、「原発のようにこれまで安全と判断していたのが、後からそうではなかったことがわかったものがある。PCB処理はそうであってはいけないと思った」。
監視委員会は、さらに、豊田の施設を受注した神鋼パンティック・クボタの共同体の実証施設も見学した。こうした経過を経て、408億円かけた1日1.6トンの処理能力の施設が完成、2005年9月から稼働を開始した。
豊田市は独自に検討を進めていた
実は、この監視委員会の設置も、豊田市が国に先駆ける形で設置したPCB処理廃棄物適正処理検討委員会の答申に従ったものだ。市内のPCB廃棄物排出事業者の大半はトヨタ自動車とその関連会社で、高圧コンデンサだけで3,000台もあり、国に先駆ける形で、豊田市が2000年9月に検討委員会を設置し、独自に処理する方策を練っていた。
検討委員会(委員長=平岡正勝・京大名誉教授)は、2003年3月、
- 安全性・環境保全性に配慮した適切な処理方法の選択(化学処理)
- 周辺環境への影響に配慮した環境保全対策と環境モニタリング
- 地域住民の安心を生み出す住民理解の取り組み(安全監視委員会)
を答申にまとめ、市はそれを基に国に履行を迫った。こうして現在の環境省・JESCOの処理に移行することになった。
住民説明会は21回行ったが
豊田市は、トヨタ自動車と相談、同社が保有する土地を公的特殊法人の環境事業団(現JESCO)に貸し出すことを決めた。同社の元町工場の前だが、背後には住宅地があり、住民の不安解消が最優先課題だった。
2002年春、環境省は、環境事業団が事業主体となって愛知、岐阜、三重、静岡の4県の廃棄物を処理する広域計画方式を提案したが、鈴木公平市長は「住民の理解が十分ではない」と懸念し、周辺7自治区で自治区役員を対象に17回の説明会を開くことになった。
「どうして県外のPCBを受け入れるのか」と疑問の声も出たが、「絶対反対という意見はなく、『仕方がない。安全対策をしっかりやってほしい』との意見が多かった」と、自治区のある役員は話す。2003年にはさらに4か所で住民説明会を開いた。
しかし、住民の不安解消と言いながら、一般市民への説明会がなく、「自治区の役員だけが了解してそれで地域の理解を得たことになるのか」(住民)と、反発する声もあった。
受け入れ側の豊田市は、愛知県など搬出先の自治体には、数十項目の厳しい条件を付けた。
全国均等配置に失敗した環境省
環境省は、2001年に環境事業団にPCB廃棄物の処理事業を担わせることを決めた。当時、特殊法人の見直し論議が行われており、廃棄物処理業者などへの融資事業を行っていた財団は、巨額の焦げ付きを出し、批判を受けて存続が危ぶまれていた。その生き残り策として、官僚たちが考案したのが、PCB処理事業を担わせることだった。
環境省は当初、全国を8、9ブロックに分ける構想を描いていたが、立地選定は思うように進まなかった。
東北地方では浅野史郎・宮城県知事が2002年に引き受けを表明し、大郷町が名乗りをあげた。しかし、「風評被害が起きる」と住民らが反対し、撤回に追い込まれた。北陸でも意欲を見せていた新潟県中条町が、430人の住民の白紙要請を受け断念した。
いずれも「研究施設を誘致したい」とのまちおこしを狙っての表明で、農業が中心で、技術基盤もない両町にとって、元々が無理な立地だった。
16道県を抱えた室蘭市
北九州市や豊田市に広域化を了承させた環境省は2003年111月、こんどは室蘭市に、北海道内だけでなく、北関東と北陸、甲信越の15県の受け入れを要請した。
当初、室蘭市は、道内分だけの受け入れを条件に環境省から要請され、市民の了解を得て、1日0.2トンの処理能力で計画を進めていた。しかし、環境省の要請を受け入れると、処理量は1.8トンに増える。運搬ルートは最長1,800キロにも及ぶ。
東北、北陸地域での立地選定に失敗し、室蘭市にすがる環境省に対し、室蘭市の担当者は「また一1から住民説明のやり直しじゃないか」と怒った。案の定、説明会では規模拡大に反対する意見が噴出した。市民団体が反対の署名集めもしたが、結局、市は環境省の要請を受け入れた。
処理施設を造るなら、保管量の多い地域・地区に設置するのが素直な考え方だ。それが排出者責任を負うことにもなる。ところが、国はそれを原則にせず、なぜか、排出者のほとんどいないような農村に設置しようとし、抵抗を受けて失敗を繰り返している。
福島原発事故で発生した放射性廃棄物を保管する施設の立地選定では、農業が盛んな町に立地しようとしては、町や住民の反対を受け、断念した。こうした施設をどこに立地し、住民に理解してもらうか。豊田市の事例は、そのモデルの1つといえるのではないか。
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