MENU

太陽光発電、紛争続発で規制条例化の波 長野県では県条例制定へ

長野県辰野町の工事途中で止まった太陽光発電パネル
辰野町提供 転載禁止

2050年にCO2の排出量ゼロ(カーボンニュートラル)。地球温暖化をストップするために、世界の各国は2050年にCO2の排出量をゼロにしようと取り組みを進めています。その切り札が再生可能エネルギーだ。日本では、太陽光発電に力を入れているが、森林を大規模伐採して設置されたソーラーパネルや、災害の危険のある急傾斜地に設置された太陽光パネルが、近隣住民の反対に遭い、各地で紛争を招いています。

豊かな自然を誇る長野県では、紛争の頻発に頭を痛めて市町村が、設置を規制する条例を次々と制定しています。市町村の要請を受ける形で長野県は、今春、条例の制定に向け、専門委員会を設置し、検討を始めました。一定規模以上の太陽光発電施設の設置を許可と届出制にし、住民説明会を義務づけようとしています。その長野県を訪ねてみました。

ジャーナリスト 杉本裕明

目次

建設途中で会社倒産、農地にソーラーパネルが残った

長野県辰野町は、諏訪湖の南に位置し、人口1万8,000人の農業が盛んな町だ。その小野飯沼地区の水田を見下ろす森林を伐採した傾斜地に、未完成のソーラーパネルが設置されている。複数の業者が計画し、うち一社は建設途中に破産し、パネルが放置されたままになっている。傾斜地にあり、台風が来たら吹き飛ばされそうだ。住民が言う。

「現場は相当な山の中。隠れるように、無断で工事が進められていた」

辰野町にはもう1か所、赤羽地区にソーラーパネルが設置されたばかりだ。役場を訪ねると、住民税務課の課長が話してくれた。

「2022年9月、業者が赤羽地区で進める発電事業について、町条例の手続きをとるよう指導、勧告しました。その後、経営が苦しくなった業者は今年1月、破産手続きを開始し、事業停止となっています」

業者が条例を守らなかったと。

課長「再生可能エネルギー発電施設の設置及び維持管理に関する条例が2020年に施行され、30キロワット以上の発電能力の施設については届出を義務づけ、その際に業者は町が定めた設置基準の遵守や説明会の開催と住民の同意を求めています。業者から相談があり、『条例を守ってください』と言いましたが、住民の同意なしに工事を始めたのです」

倒産した業者から引き継ぐ

赤羽地区の事業は、この破産した業者から別の業者が譲り受け、条例に従い、設置にこぎつけたという。もう1つの小野飯沼地区のケースは、もっと悪質だった。

町によると、先の破産した業者を含む複数の業者とその背後にいる東京の業者が、不動産会社に土地を取得させ、分割して事業を始めた。条例が規制する事業は、30キロワット以上で、大規模な計画を複数の個人に分割し、30キロワット未満にすれば、条例が適用されないというわけだ。

しかし、町は2022年6月に条例を改正し、分割案件や分割案件に類似と判断する計画については申請を受け付けないとしていた(2017年4月にFIT法が改正され、条例を含む法令順守が義務化、条例を守らないと法令順守義務違反でFITの認定が取り消される)。

町は、これらの業者と個人事業主を割り出すと、2023年4月、内容証明の通告書を出した。

  • 事業申請の手続きを5月12日までに行うこと
  • 無視して工事する場合は裁判所に必要な手続きを求める仮処分申請を行うこと
  • 必要に応じて工事中止と撤去を求める法的措置も視野に入れていることを伝えた

5月22日、武居保男町長が会見を行い、この経過を説明、この問題に毅然として取り組むとの決意表明を行った。

条例逃れの分割認めず

町長の決意表明を受け、5月末、4者からファクスとメールが役場に送られてきた。3者は「パネル設備を撤去する。工事会社と調整し、町へ報告する」。もう1者は「設備を設置していないし、設置する予定もない」としていた。

6月1日、町長は、町のホームページでこの顛末を記し、最後に「表明のない業者には、毅然とした対応をとっていく」と結んだ。とりあえず、条例違反の工事は止まった。しかし、完全撤去までにはなお、時間がかかりそうだ。

1キロワット40円の高値での買い取りに業者殺到

太陽光発電業者が、辰野町に進出しようとした業者と同じというわけではない。住民に丁寧に説明し、自然環境に配慮し、災害の心配のない場所に立地している業者もいる。しかし、辰野町のようなトラブルは全国で枚挙にいとまがない。

太陽光発電事業が急速に増えたのは、FIT(固定価格買取制度)が2012年から導入されてからだ。太陽光発電は1キロワット当たり40円という破格の高値で、20年間電力会社が買い取りを義務づけられた。このFITの買取価格は、電気料金に上乗せされ、国民が負担させられている。こうした優遇策によって、参入業者が急激に増え、それとともにトラブルや住民紛争が頻発した。

長野県では、紛争に見舞われたりした富士見町、上田市、佐久市などが、施設の整備の際、事業者に許可申請(又は届出)させ、市町村が決めた構造基準や、住民説明会や住民同意を求めたりするようになった。

長野県によると、太陽光発電などに対し設置時に手続きを定めている条例を持つ自治体は、県内の77市町村のうち61ある。このうち、制限区域の設置や許可、住民同意など設置を制限しているのは28市町村あった。

市町村は、条例をつかって悪質業者を排除し、住民の安心を保証しようとしていることがわかる。

霧ケ峰近傍の大規模計画は中止に

一方、事業者は、規制の弱い自治体への進出を狙いがちだ。国立公園のある諏訪市の霧ケ峰直近で200ヘクタールもの広大な森林・牧草地にメガソーラーを設置する事業計画もその1つだった。


計画が中止になった霧ヶ峰高原近傍のメガソーラー発電計画
杉本裕明氏撮影 転載禁止

2015年、長野県が環境影響評価条例の対象事業に新たにメガソーラー事業を対象に組み込み、この計画の審査が始まった。当初から広大な傾斜地にパネルを並べる計画に対し、委員らからは、「霧ケ峰の高山植物への影響」「下流地域の地下水(飲料)が枯れるなどの影響」「災害の心配」などから厳しい意見が相次ぎ、審査は長期間に及び、業者は環境保全計画の見直しを迫られた。


霧ヶ峰高原近傍の計画地は、当時、アセスで立入禁止していた
杉本裕明氏撮影 転載禁止

4年にわたる審査が続く間、FITの買取価格の見直しが進んだ。当初40円だった買取価格は、この事業者が計画発表した時点で20円台。それが2020年に12円に下がった(2023年は9.5円)。工事着工が延びるほど収益は落ち、さらにアセスで様々な注文がつき、追加の環境対策が膨らんだ。


FIT買取価格の推移
太陽光発電協会作成 転載禁止

2020年、事業者が計画中止を表明し撤退した。業者は中止の理由を述べていないが、アセスで新たな対策が求められ続け、FITの低落(この業者は大規模なので入札価格)がそれに追い打ちをかけ、採算性が悪化したことが原因ではないかと見られている。

環境省が進める再生可能エネルギー促進地域の設定

一方、再生可能エネルギーは、カーボンニュートラルを進める上で、最も重要視されている。環境省は、環境アセスメント法で、大規模な再生可能エネルギー事業を審査対象としているが、自治体や事業者、国民による発電施設の整備を応援する立場でもある。

環境省は、2021年に地球温暖化対策推進法を改正し、地方自治体にそのための実行計画の策定を義務づけた。そして計画で「地域脱炭素化促進区域」を定め、発電施設の整備を進めることを求めた。

促進区域は、環境省が示した基準に即して、地域の自然的社会的条件に応じた環境の保全に配慮して定め、都道府県は同省の基準をもとにそれぞれ基準を定め、市町村の区域選定を助ける。市町村は自然破壊や災害の心配のない区域を指定し、住民の理解を得ながら、発電設備を誘導するというのが環境省の狙いだ。

環境省によると、長野県の77市町村のうち実行計画を策定・または表明したのは82%の63市町村にのぼるが、促進区域の指定は箕輪町1町にとどまる。やはり、実際の区域設定は難しいようだ。

条例制定に向けて

長野県は、条例が未整備の市町村があることや、市町村会の県条例制定の要望を受けたことから、この3月、「地域と調和した再生可能エネルギー事業の推進のための条例」の制定に向けて動き出した。環境審議会に専門委員会を設置、検討を始めた。公表された条例素案によると、対象は10キロワット以上の太陽光発電事業とし、

  • 県が指定した特定区域(森林計画区域、土砂災害特別警戒区域等)での設置は県の許可制(安全基準を満たすもの以外は禁止)とする
  • 50キロワット以上の大規模事業は許可制か事前届出制とする
  • その他の事業は市町村への事前届出制としている

またすでに市町村に条例があり、県条例を上回る規制を行っている場合は、市町村条例を優先するとしている。また、開発着手前に事業計画の提出と、事業計画の説明会の開催を義務づけている。

規制強化と導入促進

3月末の専門委員会(大学教員、弁護士、市町職員ら8人)の初会合で、この素案が示された。これについて、特定区域での許可制の導入には多数が賛成し、それ以外の区域については届け出制を支持する声が多かった。

ところで、長野県の調べでは、太陽光発電施設を条例で規制している県は6県(山梨県、宮城県、岡山県、和歌山県、山形県、兵庫県)ある。山梨、宮城、岡山は、「設置規制区域」または「設置禁止区域」は許可制(原則不許可)、その他の区域では山梨と宮城が届出制、岡山が「設置に適さない区域」での事前届出制をとっていた。和歌山、山形は、「事業計画の認定制」、兵庫は「事業計画の事前届出制」をとっている。

また、合意形成(住民説明)では、岡山県を除く5県が地域住民への説明を明記していた。

地域にメリットある事業者の進出を促す

5月末に開かれた2回目の専門委員会には、オンラインで大学の専門の研究者や事業者団体が、それぞれの立場から現在の状況や意見を述べた。

名古屋大学の丸山康司教授(社会環境学)は、論点とステークホルダーが多様で、肯定的な評価も含めて触れ幅が大きいとの特徴を示し、多様なステークホルダーの納得感の根拠となる便益(メリット)を増やすこと。問題の複雑さを理解することの重要性を唱えた。その上で、素案に対し、

  • 10キロワットなど数値の根拠は明確か
  • 説明会のみでよいか
  • 自治体のゾーニングは有効(促進区域のこと)など の論点をあげ、情報を住民に開示しているドイツの先行事例を紹介した

大久保規子大阪大学教授(環境法)は、環境省の温対法改正の時に促進区域の(定義の)決め方が不十分だったとし、促進区域が条例の適用除外になった場合、(そこに業者が進出し)住民紛争が起きる可能性もあると指摘した。

また、委員の多くが導入を主張する届出制については、「事業者が届け出て、それを自治体が受理したらそれで終わり」と述べ、届出制の限界や懸念される点を指摘した。そして、「許可制は(事業の)禁止ではないので、事前協議制でなくても許可制の中でやれるのではないか」と述べた。専門委員らが、許可制にすると禁止が原則となるので、届出制の方がよいとの誤解を防ぐための発言のようだ。

発電量を10年で約2倍が目標


太陽光発電量の推移と将来目標
太陽光発電協会作成、長野県環境審議会で発表 転載禁止

一方、事業者の立場から、太陽光発電協会の増川武昭事務局長は、発電業界の様々なデータを見せた。2020年の発電量は6,100万キロワットあり、国は2030年に国は1億350万~1億1,760万キロワットに増やす計画を持っていること、協会としては1億2,500万キロワットの野心的な計画を立てていることを説明した。「事業と地域との共生なしに発展はありえない」と、地域との共存共栄を訴えた。

紛争は6年で4倍増に

山下英俊一橋大学準教授(環境経済学)は、「土地利用の社会化」と、「利益分配の社会化」の観点から太陽光発電事業の現状を分析した。

山下準教授らが行っている3年ごとの全国自治体調査によれば、地域紛争は、2014年の40件から2020年には169件に激増、2020年には今後紛争の発生が懸念される件数が152件にのぼった。山下準教授は「自治体による土地利用の規制強化が不可欠」とし、条例、協議会、住民説明会、ゾーニングなどの手法を挙げ、土地所有者だけでなく、地域社会の幅広い利用関係者が地域資源として選び、参加していくことの大切さを述べた。

太陽光発電事業は高い利益率

そして、「利益分配の社会化」では、「太陽光発電事業者の経常利益率が平均15%あり、国内でこれだけ高い利益率を上げている業種はほとんどない」と指摘した。

発電事業者がその利益を地域(地元)に返す事業と、自分の懐(ふところ)に入れてしまう事業かを、幾つかの要素で分けた表を示した。


地域内にお金を落とす企業とそうでない企業
山下英俊氏作成、長野県環境審議会で発表 転載禁止

表は 、地域内に返す事業としては、「地域貢献費」「土地賃貸料」「地域内税」「地域内の他企業付加価値」「地域内事業主体付加価値」の要素があり、そうでない事業は、「地域外税」「地域外の他企業付加価値」「事業主体純利益」の要素がある。

地域に金を落とし、電力を供給しているかが大事

それぞれ事業者が付加価値をどう分配しているかを表 で見ると、地域内が70~90%と高い業者の群がある一方で、地域外が60~90%の業者の群に分かれていた。

次に、市町村別に事業者の年間売電収入を域内と域外に分けた表を提示した。この表によると、地域内で電力が消費され、収入の率が高いのは、塩尻市68%、飯田市50%、長野市46%、佐久市39%など。逆に低いのは、川上村0%、諏訪市4%、富士見町7%など。電力が地域で消費されているか、東京など遠くの地域に送られてしまうかがわかる。


地域内に供給されている電力とそうでない電力
山下氏作成 転載禁止

この2つの表は、事業者の行動が、地域にお金を落とし、発電した電力を地域で消費されている場合と、地域にお金を落とさず地域外に持っていき、発電した電力も地域外に売電される場合に分かれることを意味している。

「地域と共生する」というのは、もちろん前者の方だ。山下準教授は「どんな事業者を自治体が選ぶのかということが重要。地域の進出が競争になると、地域貢献競争になる」と期待を語った。

専門委員会でさまざまな意見

この専門委員会では、

「(県条例は)市としてはありがたい。住民との合意(形成)が大事」
「促進区域を支援しながらやらないと太陽光が増えない」
「規制にはあまり踏み込まない方がよい。事業者が消極的になる。促進地区の方を踏み込むべき」
「山下準教授のコンセプトは県条例(素案)に入ってない。入れるか議論した方がよい。規制は最低限にした方がよい」
「合意形成のつくり込みが必要」

などの意見が出された。規制強化よりもむしろ、業者を呼び込むための意見が目立った。

県条例案づくりを担うゼロカーボン推進室は、「いろんな意見が出た。規制のあり方と促進区域での推進の在り方については検討したい」と話している。

次回委員会で議論し、案をまとめ、パブリックコメントののち、県は秋の県議会に条例案を提案したいという。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

朝日新聞記者を経て、フリージャーナリスト。廃棄物、自然保護、地球環境、公害など、環境の各分野に精通する。著書に『ルポ にっぽんのごみ』(岩波書店)『ディーゼル車に未来はあるかー排ガス偽装とPM2・5の脅威』(同、共著)、『環境省の大罪』(PHP研究所)、『赤い土(フェロシルト) なぜ企業犯罪は繰り返されたのか』(風媒社)、『社会を変えた情報公開―ドキュメント・市民オンブズマン』(花伝社)など多数。NPO法人未来舎代表理事として、政策提言や講演会などをしている。

コメント

コメントする

目次