前編では、今後日本で普及が進むことが予想される洋上風力発電事業において、欧州と対抗しうる技術力をつけることが重要だという話を聞いた。後編となる今回は、風車建設に重要な要素の1つである風車ウエイクの厳密な数値を予測することができる風況シミュレーター「洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア」と、実際に建設する際に想定される問題などについて、引き続き九州大学応用力学研究所・内田准教授に聞いた。
洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア
従来技術とCFDポーラディスク・ウエイクモデルの比較(内田准教授提供)。
――今回、発表された「洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア」とは何でしょうか。
元々、私が所属する九州大学応用力学研究所と、東芝エネルギーシステムズ、日立造船と2018年4月から共同研究を行ってきており、三団体間で実証実験を重ねてきました。その結果、洋上風力に関する風車ウエイクの予測に特化した「CFDポーラディスク・ウエイクモデル」という技術の開発に成功しました。
すでに、私自身、数値流体力学に基づくコンピュータシミュレーション技術を用いた「数値風況予測モデル・リアムコンパクト」という技術を有していましたので、そこに今回の「CFDポーラディスク・ウエイクモデル」の機能を追加し、洋上風力発電に特化したものが今回の「洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア」になります。
――従来の風車ウエイク予測シミュレーターと何が異なるのでしょうか。
圧倒的に異なるのが、風車同士の相互干渉を再現できるという点です。従来の技術では、下流になるにつれて、それぞれの風車が作るウエイクの数値を重ね合わせるだけだったので、相互干渉による複雑な風の流れを再現することができず、実際の数値との誤差が目立っていました。
しかし、実際の洋上風力の現場では、全ての風車が同じようなウエイクを形成するわけではありません。一番前列にある風車は風をそのまま受けて回りますが、下流になるにつれて、上流にある風車ウエイクの影響も複雑に受けることになります。また、近くにある風車が相互に干渉しあうため、風車1本1本どのような風の影響を受けるのかが異なり、非常に緻密な計算が必要になってきます。そうした緻密な計算をコンピューターによるバーチャルウインドファームで何度もシミュレーションを重ねることで、複雑な風の流れをある程度再現できるようにしたのが、われわれの「洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア」です。
より実測に近い予測ができるこのシミュレーターを使用し、風車の配置を決めることで、事業の採算性を最大限に高めることができると考えます。
より精度を高めるためにさまざまな風力発電所で実証実験を重ねる
風車ウエイクの相互干渉による影響(内田准教授提供)。
――なるほど。複雑な風車ウエイクの相互干渉まで再現できるとなると非常に質の高いシミュレーションができそうですね。今回の事業提携の目的もこの技術をさらに進める意味合いもあるのでしょうか。
ええ。「洋上版リアムコンパクト・ソフトウェア」は、すでに完成していますが、今年中のリリースに向けて精度を高めている段階です。一大学の研究内容に対して、大手企業4社が興味を持って事業提携を行ってくださったことは、非常に稀なことですので、期待に応えたいという思いがあります。
現在は、東芝エネルギーシステムズが所有する新長島黒ノ瀬戸風力発電所(鹿児島県)、日立造船の雄物川風力発電所(秋田県)などで実証実験を重ねています。両方の発電所とも、陸上風力発電所ながらすぐ近くに海が広がっているため、疑似洋上環境下での実測データの取得が可能です。実測データと我々の開発したモデルでの予測データとどれぐらいの誤差があるのかをさまざまな場所で検証することで、どのような立地条件でも正確に予測できることを目指しています。
周辺住民との相互理解が課題
――今後、日本で洋上風力発電を建設する上で、直面する問題は何が考えられるでしょうか。
洋上風力発電は、再エネ海域法の制定により、法律上は民間事業者が参入できるようになりました。しかし、実際に建設するとなると、漁業の人たちなど周辺住民との合意形成を行わなければなりません。海は、漁業の方たちにとって生活の糧ですから、周辺住民の人に影響のない場所で建設することはもちろん、きちんとした話し合いをして納得してもらうことが必要になってくるでしょうね。
――なるほど。どういった話し合いを進めていく必要があると思いますか。
周辺住民の方に、設置する洋上風力発電所を“自分たちのまちの風車だ”と応援してもらえる存在にならなければならないと思います。社会受容性が非常に重要になってくる。この風車を建設することで、その街にとってどれだけ恩恵があるといったことをきちんと説明しなければなりません。
例えば、電力の面にしたって、将来的にはその街が優先的にその風力発電の電力を使用できたりするほか、その街のエネルギーの地産地消を行う仕組みづくりまで、事業者は今後考える必要があるのかもしれません。
洋上風力発電による地域活性化
――洋上風力発電を建てることで、雇用なども生まれそうですね。
ええ。これはドイツのある街の事例なのですが、その街はかつて漁業で栄えていました。しかし、時代の流れとともに主要産業である漁業が衰退してしまい、街として元気がなくなってしまったんですね。そこに洋上風力発電の風車工場ができることになりまして、その結果、雇用が産まれ、街が活性化したんです。“漁業の街”が“風車の街”に生まれ変わりました。こういった事例が、日本でも通用する地域は多くあると思います。東北などは、過疎化が進んでいる地域も多いので、うまくいけば風車を建設することで、エネルギーも全て賄えられ、その街の地域活性化につながるといったように。
ただ、注意しないといけないのは、建設する前段階で周辺住民に対しての説明不足や、事業会社が私利私欲で建設してしまうなどになってしまえば、かえって逆効果になってしまうという危険性もはらんでいることです。
さまざまな風力発電所で実証実験を行う。
――洋上風力発電には、地域活性化を促すポテンシャルも秘められているということですね。洋上風力発電事業へ参入に向けて、民間企業は現在、どんなフェーズに入っていますでしょうか。
現在は、洋上風力発電の民間事業者への参入を目指して、国は促進区域を定めている段階です。すでに、各促進区域に対してさまざまな企業が入札に参加している一方、並行して準備を着々と進めており、自己資本を投入して、大規模な洋上風力発電を建設した際のシミュレーションをさまざまな場所において水面下で行っています。
内田 孝紀(うちだ・たかのり)
1971年,福岡県出身.博士(工学)
1999年3月に九州大学大学院修了後,同年4月より九州大学応用力学研究所COE研究員として採用.2000年4月より助手,2007年4月より助教.
風工学に関する研究(数値シミュレーション,風洞実験,野外計測)に従事.
2006年10月に九州大学発ベンチャー株式会社リアムコンパクトを起業し,技術開発を担当する.
数値風況予測モデル・RIAM-COMPACT(リアムコンパクト)の開発責任者.
2011年9月より准教授となり現在に至る.
日本風力エネルギー学会/代表委員,日本流体力学会/代議員.
2010年科学技術分野の文部科学大臣表彰「若手科学者賞」受賞.
コメント