三重中央開発の進出予定地。土を持ったところから手前の土地。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
市や町が重要な問題について住民に賛否を問う住民投票。住民の意思を明確にする有効な手段だが、地域に分断と対立をもたらす心配もある。廃棄物処理施設の建設計画をめぐっては過去に8件の住民投票が行われ、大半のケースで建設に「NO!」の判断が下され、業者は撤退に追い込まれた。
しかし、どこまで正確な情報が住民に与えられたのか疑問も残る。2019年暮れに住民投票が実施された静岡県御前崎市と、実施されたのち問題が解決されるまで10年の歳月がかかった岐阜県御嵩町のケースを見た。
ジャーナリスト 杉本裕明
海岸に近い空き地に計画
静岡県御前崎市池新田に、「ヒュッ、ヒュッ」という風を切る音が響く。
海岸沿いに大きな風車が一列に並ぶ。風車はプロペラを含めると高さ120メートルにもなる。その海岸の手前の一角の空き地が大栄環境(本社・神戸市)が進める焼却施設の予定地だ。
空き地の隣には別の産業廃棄物処理業者の破砕処理施設があり、重機がうなりをあげながら、建設廃棄物を破砕機に運んでいる。
予定地の隣では別の処理業者が破砕処理をしていた。
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同社が計画する「御前崎リサイクルエネルギープラザ」は1日280トン燃やせる焼却炉を2基(計560トン)、140トンの破砕施設を備える計画。2021年4月に着工、23年4月に稼働の予定だった。17年に土地の賃貸借契約が結ばれ、静岡県の環境アセスメントの手続きが着々と進んでいた。そんなところに住民投票の動きが起きた。
「誘致の過程が不透明だ」「焼却施設は自然の豊かな御前崎市の町作りにそぐわない」「危険な医療廃棄物も処理される」「燃やすと猛毒のダイオキシンが発生する」。そんな市民の不安の声が出て、市民団体「住民投票で決める会」が19年春から住民投票を求める直接請求運動を起こした。数多くの市民団体も一緒になって、1か月間で有権者の44%にあたる1万1,829人の署名が集まった。その動きを見た柳澤重夫市長も住民投票の結果を尊重する姿勢に転じ、条例案は修正の上、市議会で可決された。
19年12月に建設の賛否を問う住民投票が実施され、9割が反対票を投じた。市長は1月に市役所で大栄環境の金子文雄社長に会い、「住民投票で90.2%の市民が反対だった。計画断念を強く申し入れる」と要請書を手渡した。
さらに建設手続きの一時中断を表明した。静岡県の指導要綱によると、事前協議書に市土地利用対策委員会の同意書をつけることが求められており、その事前協議書の書類を同社に返却した。
これに対し、金子社長は「一時立ち止まり、住民の理解を得る努力をする」。環境アセスメントの手続きは中断するが、「説明会を開き、客観的な数値で安全性を説明したい。産廃施設はどこでも拒絶されるが、社会には必要で、認識を変える使命もある」と語った(1月10日付朝日新聞静岡版)。
同社の「御前崎リサイクルエネルギープラザ」は木質バイオマスとの混焼で12,000キロワットの発電能力を備える計画。この地域にはすでに海岸沿いに中部電力による12基の風力発電施設があり、「完成すればこの地域は一大エネルギー供給基地のはずだった」(市の関係者)。
ところが、市長は民意を尊重し計画断念を同社に迫る行動に出ている。この動きを苦々しく見ていたのが市議会議員のAさんだ。大栄環境に話を持ちかけ、誘致を進めてきた人で、「このあたりは住宅もなく、すでに廃棄物処理の施設もあり、何ら問題のないところ。なぜ、住民たちが設置に反対するのか理解できない」と語る。
牧之原市と御前崎市でつくる広域施設組合は、牧之原市に焼却施設を設置し、運営している。70トン炉が2基稼働しているが、92年に供用開始され、その後は改修しながらきている。間もなく建て替え時期を迎えるが、施設組合は「具体的な時期は決まっておらず、当面は補修しながら延命化を図りたい」としている。
既存の焼却施設は老朽化のためにメンテナンスと維持費用がかさみ、御前崎市の1トン当たりのごみ処理費は5万5,000円。一般的な市町の2倍近く。リサイクル率は30%と全国平均の20%を大きく上回るが、財政面では厳しい。
Aさんが語る。「そんなことから、民間業者の施設を誘致して家庭ごみも燃やしてもらえばよいと思った」。施設組合は元々、焼却灰を大栄環境グループの三重中央開発の最終処分場に引き受けてもらっていて、関係が深かった。2017年に施設組合の議員ら10人が三重県伊賀市にある三重中央開発の処理施設を見学した。「しっかり公害対策も行われ、住民とのトラブルもなかった」。議員らは前向きに受け止めた。
三重県伊賀市にある三重中央開発の焼却施設。
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Aさんらが候補地に選んだのが池新田地区三線(さんせん)の財産区の土地。地区住民の共有地のこと。利用されておらず、住宅も近くにない。貸せば地域にお金が落ちるし、雇用対策にもなる。話はとんとん拍子に進み、市長が選任する7人の管理会が賃貸にするなどの利用法を決定、市長が管理会の意向に従い、大栄環境と契約を締結した。土地の賃料は、開業前年間1,000万円、開業後は2,000万円と決まった。一方市は120人の雇用が生まれることなどから、固定資産税を4年間減免することを決めた。
御前崎市と牧之原市の家庭ごみもここで処理してくれるから、施設組合が新たに施設を建て替える必要はないというメリットがある。
議会はどう対応したか
住民投票を担ったのは市内の9団体で、2019年4月に条例請求代表者が市長に代表請求書交付の申請を行い、署名活動を始めた。4月12日にスタートし、署名は必要とされる法定署名数の538人を大幅に超えた1万1,829人の署名を得た。それを添え、市に『御前崎市における産業廃棄物処理施設の設置についての住民投票に関する条例案』が提出された。
6月27日、柳澤重夫市長が市議会に条例案を提案した。市長が提案理由を説明した。
「住民投票は、議会と首長による議会制民主主義を基本とする地方自治にあって、これを補完する制度であります。今回の署名結果から、産廃施設の設置について多くの市民の方々が高い関心を持っておられることは明らかであるので、私としてはこの民意を大切にしたいと考え、本条例案には賛意を表するものであります」
「みずからが意思を示したい、施設に対する不安、これまでの経緯に対する不信感など、署名された方々の多様な思いや署名されなかった方々の思いも踏まえ、議会で活発な議論がされることを期待します」
住民投票に賛成の立場の市長は、予定地を保有する池新田財産区の管理者でもある。すでに大栄環境と賃貸借契約を結んでいた。
この矛盾した行為について、市長は「当時私は財産区管理会が地区住民の声をもとに承認されたものと認識していた。また環境基準など法規制に合致することが難しい場合には、使用目的が達成できないため契約を解除できるという点を確認した上で押印した」「市民の皆様の声を大切にし、これからのまちづくりを議会と両輪となって進めていきたい」と言うだけだった。
条例案は産業廃棄物処理対策等調査特別委員会に付託された。7月に請求者を代表し、「住民投票で決める会」代表の中山司さんと、「環境と子供の未来を守る会」の代表の池守幸一さんが請求者を代表して意見陳述した。「投票率が低い場合も開票して結果を市民に知らせてほしい」「投票方法を二者択一で行って欲しい」。提案した条例案に理解を求めた(7月8日付静岡新聞)。住民投票条例案が議会に出されながら議会で修正され、せっかくの住民投票がゆがめられたケースがあとを立たないからである。委員会では一部の委員から、投票率が50%を下回ったルールを提案する委員もいたが、少数意見にとどまった。
ただ、幾つかの修正が加えられた。例えば「市長は住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意見を尊重して行うものとする」は「――尊重するものとする」。法的根拠もなにもない投票の結果を尊重するのは良いが、その後の行為をしばるのはよくないという考え方だ。これは他の例でもよく見られる修正である。
さらに投票の方法を「規定にもとづき」から「公職選挙法の規定により」に、住民投票を「市長が執行する」というのを「市長は市選挙管理委員会に委託する」に直したりした。また、「市長は静岡県知事に速やかに住民投票の結果を通知するものとする」との規定は「報告義務なんかないはず」「公職選挙法に基づいて行えばいい」との意見で削除された。こうした修正はあったが、条例案は特別委員会で賛成多数で可決。9月に開かれた本議会に送られた。
賛成、反対の討論のあと、可決
特別委員会の委員長だった若杉泰彦議員が審査報告をした。
「陳述人が意見陳述を述べ、その後に市長への質疑が行われました。環境に関する問題について市としてどんな対応をしてきたのかとの質疑に、市として研究はしていなかった。市長はなぜ住民投票条例に賛成意見をつけたのかとの質疑に、問題が起きた以上早い段階で市民に理解していただき、議会でも十分議論をしてもらいたいとの答弁でした」
条例案に反対の立場から阿南澄男議員が演壇に立った。
「条例制定請求の趣旨に根拠として挙げられていた環境被害や農林水産業への悪影響などの懸念について、公害その他の被害の有無を県や国に問い合わせたところ、全国どこにも報告がないことが明らかになっています。したがってこれらは事実無根であり、デマを根拠に請求された条例制定請求だったことが明らかです。請求人は議会に文書で当該産業廃棄物処理施設の設置に反対しないと申し入れています。単に市民の考えを明らかにしたいと言うなら住民投票ではなく、市民アンケートで十分です」
「市の財政状況を皆さんどう分析されていますか。税収が年々減少していく中で、とうとう財政調整基金が底を突きます。借金をしなければ来年度の当初予算は組めないというのが市の財政状況です。企業誘致を唱えていても、民間企業の進出希望は一社もないのが現実です。この条例制定はますます企業進出を厳しくするものであります。御前崎市民は民間企業の進出を歓迎しない、面倒なことが起きるなら市にはかかわらないほうがいい、世間はそう評価するでしょう」
海岸沿いには風車が林立している。
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渥美昌裕議員は条例案に賛成の立場で演壇に立った。
「今回の住民投票の請求については、環境問題とか農水産物への風評被害の懸念などもありますが、それ以上に産廃処理施設会社への誘致方法に関して、市民に十分な説明、合意形成がないままに進められたことです。これに対する市民の不安感や不信感があると考えています。間接民主主義に欠陥があると否定されました。私は議員としてじくじたる思いもありますが、議員として民意を尊重することが重要であると考え、無視することはできません。条例案を拝見したとき、市民の皆様の考え、お気持ち、思いなどを十分酌み取り、修正を加えるには何が重要かと考えました。基本的には一人でも多くの方が投票に行くことができ、将来の市を考え、自由に自分の意思で賛成、反対が投じられる環境を熟成しようと考え、この修正案を作成し、提出しました」
このあと、水野克尚議員が反対の立場から演壇に立った。討論が終わり、杉浦謙二議長が裁決を取った。修正案の部分についてまず裁決し、賛成多数(賛成11、反対2)で可決。続いてそれ以外の原案を裁決し、賛成多数(同)で可決された。
住民投票の結果は9割が反対
12月8日、住民投票が実施され、反対票が90%にのぼった。住民投票は直接請求した市民団体の圧勝に終わった。市長はその結果を尊重し、業者を呼んで撤退を求めた。静岡県は、許認可手続きを担い、公平な立場で臨むことが前提だが、川勝平太知事は12月3日の投票前に、住民投票の結果を尊重するとの姿勢を示した柳澤市長に対し、「どこの市議会でもそうだが一部のボスが利権と結びついてやっているという評価とも市長は戦っている」「英断に敬意を表する」と語り、評価した(12月3日付静岡新聞)。
住民投票に動いた市民団体がお手本にしたのが、岐阜県御嵩町だった。四半世紀前に、産業廃棄物の処理施設の建設計画をめぐって住民投票を行い、多数が計画に「NO!」の意思を突きつけた。その条例案の作り方や、直接請求の仕方を、当時住民投票を担った住民に会って教えを請うた。
今回の御前崎市の住民投票は、浜岡原子力発電所の問題が住民に影を落としているようだ。2011年3月の福島第一原発事故の影響を受けて、御前崎市にあった浜岡原発も運転を停止した。いまのところ再稼働のめどはたっていないが、中部電力は再稼働を断念したわけではない。
この問題をめぐっては、福島原発事故の後、市民から原発反対の声が高まった。「廃棄物の処理施設と原発が、市民の目にはだぶって見えたのではないか」と指摘する市民もいる。
焼却施設も迷惑施設と見なされ、立地をめぐって住民から反対されることが多い。そのため自治体が設置する場合には住宅地から離れた山奥に立地し、せっかくの焼却後の熱の有効利用ができないケースが圧倒的に多い。産業廃棄物の焼却施設も地域から抵抗を受け、住民を説得し、受け入れてもらうまでに長い年月を要することが多い。
処理業界で1、2の経営規模を誇る大栄環境は、さらに住民の理解を求めながら計画を推進する意向を示しており、今後の行方に目が離せない。
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