リニア中央新幹線のトンネル工事を巡って、静岡県とJR東海との綱引きが続き、混迷の度を増していますが、岐阜県御嵩町では、JR東海が予定していた残土の埋め立て処分場の候補地が、環境省が指定した重要湿地と重なり、町民や自然保護団体などから重要湿地を避けるべきとの声が強まっています。
この重要湿地は、環境省が日本の重要湿地に指定した東濃地域湧水湿地群の1つの美佐野ハナノキ湿地群。希少植物のハナノキなどが群生しています。日本生態学会が2023年3月に湿地保全を求める要望書をJR東海や国に提出すると、8月には日本野鳥の会が要望書を提出しました。地元自治会も残土処分に猛反対しています。残土処分の行方を追ってみました。
ジャーナリスト 杉本裕明
日本野鳥の会が埋め立て反対の要望書
2023年8月3日、公益財団日本野鳥の会(事務局:東京)と日本野鳥の会岐阜(岐阜市)は、環境省の重要湿地に指定された美佐野ハナノキ湿地群(岐阜県御嵩町)が、サシバ、ミゾゴイなど希少鳥類の貴重な生息地であるとし、JR東海が進めるリニア残土の埋め立て事業の計画変更を求める要望書を、JR東海や岐阜県、御嵩町、環境省などに提出した。
日本野鳥の会によると、残土処分の予定地周辺では、2つがいのサシバが毎年繁殖し、ミゾゴイもこれまでに計4つの巣を確認、鳴き声の録音に成功、繁殖しているという。サシバは環境省のレッドリストの絶滅危惧Ⅱ類、ミゾゴイは同絶滅危惧Ⅱ類に指定され、いずれも開発による減少が懸念されている。
希少種のサシバ
日本野鳥の会提供
希少種のミゾゴイ
日本野鳥の会提供
候補地には、サシバ、ミゾゴイを含め、計18種類の貴重な野鳥が生息している。県庁で記者会見した大畑孝二さんは処分場ができると「営巣木や餌場がなくなる可能性がある」と懸念を語った。
日本生態学会も回避求める要望書
3月には、生態学の研究者を代表する日本生態学会の自然保護専門委員会が、事業区域の変更を求める要望書を御嵩町とJR東海などに提出した。候補地には、美佐野ハナノキ湿地群があり、残土埋め立て事業は、湿地とそこに生育する希少種に多大な影響を与えるとし、環境改変が生態系や生物多様性に与える影響を回避するか、計画の大幅な見直しを求めている。
そして、JR東海と御嵩町に、「(1)計画の内容、計画地と周辺地域の自然環境の科学的情報、発生土に関する科学的情報、および環境影響評価の結果について、十分かつわかりやすい形で地域住民および関係者に公表する、(2)賛成、反対の立場を超え、幅広い意見や情報が交換できる透明性と公平性をもった議論の場を確保する、(3)結論を急がず、地域の関係者の方々の懸念や疑問に対して真摯に対応すること」を求めていた。
自然保護の主要団体である日本野鳥の会と、生態学の研究者による日本生態学会が意見書を提出したことで、事業計画は、自然環境に対し、かなりのダメージを与える心配があることが類推できる。
ではなぜ、このような重要な湿地をJR東海は選んだのか。実は、この区域を埋め立て処分場の候補地としてJRに挙げたのは、当の御嵩町だったのである。
環境アセスメントで先送りされた残土処分
リニア中央新幹線は、東京都から山梨県に入り、長野県の中央アルプスの地下を経て岐阜県へ。中津川市から瑞浪市、御嵩町、多治見市を通過し、名古屋に向かう。
岐阜県の東濃地域でのトンネル工事で、岐阜県環境影響評価審査会(アセス審査会)の委員らが心配したのが、東濃地域に眠るウラン鉱床の存在だった。放射性物質のラドンを放出する恐れのあるウラン鉱床が掘り返されないよう、審査会と県はルートに存在する可能性の調査と回避することを求めた。
JR東海は、動力炉・核燃料開発事業団(現・国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)が過去に行ったボーリング調査と一部自前の調査から、「トンネル予定地にウラン鉱床に類似した地質はない」としている。
県と審査会を通しての環境影響評価(環境アセスメント)は、2014年8月JR東海により評価書がまとめられた。だが、積み残しとなったのが、トンネル掘削工事から出る940万立方メートルの残土の処理・処分。処分先や処理方法が決まっていなかったことから、JR東海が残土を持ち込む予定地を調査、選定の後、環境保全計画書を県に提出、審査会で事後調査のアセスを行うことになった。
しかし、残土の埋め立て処分や仮置きについては、JR東海が自ら処分場や仮置き場を設置し、持ち込む場合はアセスメントの対象となる。だが、瑞浪市の民間の残土処分場のように、民間業者が設置した残土処分場に持ち込む場合はアセスの対象外となる。
汚染土(要対策土)の処分地を御嵩町内に計画
御嵩町内の掘削現場からは130万立方メートルの残土が排出される予定だ。JR東海によるとこのうち、90万立方メートルを、トンネル工事の抗口に近い美佐野地区の民有地(16ヘクタール)と町有地(7ヘクタール)に持ち込み、恒久処分を考えている。
さらに残土は、汚染のない健全土(建設発生土のこと)と、自然由来の汚染土(JR東海は「要対策土」と呼ぶ)に分かれる。民有地には健全土40万立方メートル、町有地には要対策土22万立方メートル、健全土28万立方メートルを埋めたいという。環境基準を超えるヒ素やフッ素を含む要対策土は、周辺の土壌汚染や川の汚染を招かないよう厳格な管理と処分が必要で、JR東海は二重の遮水シートで包み、環境汚染を防ぐと説明している。
JR東海が残土埋立の候補地として考えている町有地は青の網掛けの部分。一体を上空から見る
御嵩町フォーラムの資料から
この民有地と町有地は、かつてゴルフ場の建設計画が頓挫した土地で、町有地は、税金が払えなくなった開発業者からその代償として町が手に入れたものだった。
民有地の地権者の多くは、土地の売却を望んでおり、町にも「将来は工業団地にしたい」との思惑があった。しかし、それに見合った開発計画が浮上する気配もなく、長い年月がたった。
御嵩町は、民有地と町有地を候補地に推薦
そんなところに、JR東海がリニア残土処理の候補地を探しているとの話が舞い込んだ。町は2013年に民有地を、2015年に町有地をJR東海に候補地として示した。
しかし、町が町有地を売却しても汚染された残土の山が残るだけで、町にメリットはない。そこで、当時の渡邊公夫町長がJR東海との協議の席で提案したのが、残土処分を受け入れる代わりに、亜炭廃坑の地下空洞をリニア残土で充填する充填材の提供だった。
残土埋立地の候補地Aは民有地。候補地Bは町有地。民有地は大半を地権者からJR東海が買収したと言われる
御嵩町フォーラムの資料から
御嵩町は、かつて亜炭の炭坑が多く、戦後、廃坑になると、多くの廃坑跡が放置された。陥没事故の危険があるため、県と町が国に働きかけ、約10年前から、国と県のお金で、地下充填事業が行われている。
残土受け入れと亜炭鉱充填の「バーター取引」?
しかし、処理コストは高く、国の事業もいつまで続くかわからない。そこで、JR東海に残土を提供させようとしたのだろう。しかし 、現在使われている充填材は、水分の多い建設汚泥に薬品を混ぜて造った改良土で、御嵩町のトンネル工事から出る建設汚泥は、量が少なく、すでに使い道が決まっていると、JR東海は言う。
JR東海は、「愛知県でのトンネル工事から出た建設汚泥が使えないか検討している」(広報部)というが、こちらは産業廃棄物。産業廃棄物が充填材に使われた実績はない。JR東海にも技術はなく、「実現性はほとんどない」(町の関係者)と見られている。
そもそも、トンネル工事から出た残土や汚染土を受け入れる代わりに、亜炭鉱の充填をJR東海に求めるのは、「バーター取引」ではないかという批判の声も町内には強い。
推薦した場所は環境省が指定した「重要湿地」だった
その「取引」の犠牲になろうとしているのが、美佐野ハナノキ湿地群だったといえる。ハナノキは、北米と日本の東海地方にしか自生しない。北米と東海のハナノキはそれぞれが固有の種で、東海地方に自生するハナノキは、環境省のレッドリストで絶滅の危険が増大している絶滅危惧Ⅱ類にランクされている。そのハナノキが集中して自生しているのが、美佐野ハナノキ湿地群で、80本以上の成木がある。
ハナノキの分布図
渡邊町長は、JR東海との協議で、この亜炭鉱の充填の話を優先させ、町が候補地としてあげた区域に湿地があることに、ほとんど関心を払わなかった。例えば、2018年6月の町長と説明者との協議では、町長は「(美佐野湿地のある)可児川の南は開発エリアだと考えている。ハナノキは切ってもいいと思っている」(町の内部資料より)と発言している。
それでも「全量を受け入れる考えである」と町長
町長は、2018年11月の協議で「美佐野から出て来る発生土の全量は御嵩町内で受け入れる考えである」と言いながら、2020年5月には「恒久処分場は想定外」と、JR東海の環境対策に疑問を呈し、町有地売却に応じない姿勢を見せた。
これにより、いったん、町とJR東海との協議は途絶えたが、2021年春になって再開。同年4月の協議では、「(町民が参加する)行政懇談会で発生土についてどう説明するのか」とのJR東海の質問に対し、
町長は「JR東海から提案を受けているだけにとどめたい。住民に対して出来レースにしたくない。要対策土土地候補地は川の上流にあるため、住民は川の水が危険にさらされると感じている。地元がどう考えるかだが、説得していきたい」と答えた。この時点で、受け入れ容認に再び転じたことがわかる。
町長が正式に受け入れを表明し、方針を転換したのは、その年の9月の議会。「要対策土の受け入れを前提としてJR側と協議に入る」と述べた。
この時の町長の理由は、「自然由来だから汚染なし。町内で発生したから町内で受け入れる責任がある。専門家に聞いて納得した」というものだった。
このように町長が、明確な理由もなく、その姿勢を二転三転させたことが、JR東海の不信感を招くだけでなく、その後の、リニア残土問題をより複雑にし、町政の混乱につながっていくのである。
高まる住民の反対の声
これに対し、処分場の候補地のある上之郷地区の住民らから懸念と反対の声が高まったことから、町は2022年5月にJR東海と大学教授ら有識者を交えた「フォーラム」を開催した。JR東海や町が経過と計画を説明し、町民の質問に答えることで、町民の理解を得ようとした。2023年3月までに計6回開かれたが、事業者であるJR東海の計画を追認する町長や大学教授の姿勢に、住民らはむしろ不信感を高める結果に終わった。
候補地に近い次月自治会の小栗幸弘さんは、上之郷地区の16自治会でつくる「上之郷地区リニアトンネル残土を考える会」の役員の一人で、問題点をこう指摘する。
「残土の埋め立てでは、民有地は高さが最高で約85メートル、町有地は約40メートル積み上げる。雨水で地盤が緩み、地震や大雨によって山体が崩壊する恐れがないのか、有害物質を含む残土が川に流れ込まないか、納得できる説明をもらっていない。他の市の残土置き場からは、残土の置き場付近の地下水から基準値を超える有害金属が検出されている。JR東海は、建設発生土を1,000~1,500立方メートルごとに検査してから持ち込んでいるというが、検査体制が十分とはいえない」
「ラドンを放出するウラン鉱床を避けてトンネルを掘っているというが、元になった調査地図が公表されておらず、住民は安心できない。ウランが基準値以上で検出された場合、どうするのか説明を受けておらず不安だ。基準値以下でも、毎日、測定値を公表してほしい」
地元自治会が「考える会」結成し、反対決議
フォーラムに参加した住民は、「有識者として呼ばれた教授らはJR東海の計画を問題ないと言うだけで、住民の疑問や不安を解消しようという姿勢に欠けた」と話す。
フォーラムの最終回、「上之郷地区リニアトンネル残土を考える会」の纐纈健史会長が、「御嵩町リニアトンネル残土処分計画に反対する」旨の決議文を読み上げた。
決議文は、その理由として、
「要対策土は、遮水シートで封じ込めようとも永久に要対策土であり、危険物に変わりはない。盛土が崩れないと誰も保証できない」
ハナノキの大木
杉本裕明氏撮影 転載禁止
「(この)エリアは生物多様性の観点から重要とされる湿地、環境省から重要湿地に選定されている場所なのです。ここを残土で潰してはだめです。よりよい形で次世代に受け渡す責務が、住民、町、事業者にあるのです」と記している。
纐纈会長は、「美佐野ハナノキ湿地が国の重要湿地に指定されていたことを最近知った。町は、フォーラムで住民がそのことを指摘した2022年夏まで、住民にそのことを隠していた。重要湿地は守っていかないといけないと思う」と語る。
次回は、美佐野ハナノキ湿地群に足を踏み入れてみよう。
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