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迷惑施設から再生可能エネルギーの供給基地に!下水処理場が変わる

各務原浄化センターの管理棟
杉本裕明氏撮影 転載禁止

家庭から出た汚物・雑排水や事業所からの汚水・排水を受け入れ、浄化するのが、下水処理場の役目です。かつては迷惑施設として、立地や建設に対して住民の反対運動が起きたこともありましたが、最近は、埋め立て処分されていた下水汚泥を固形燃料にして売却したり、構内に太陽光パネルや小水力の発電施設を設置したりする処理場が増えています。

全国の下水道施設から年間530万トンのCO2が排出されていますが、一方で下水汚泥の持つエネルギーは処理施設の年間電力消費量の1.6倍の120億kWhにものぼります。それを生かし、資源循環とエネルギーの供給基地化する動きが強まっています。

ジャーナリスト 杉本裕明

目次

迷惑施設と言われた下水処理場はいま

岐阜県の各務原市を流れる木曽川の右岸に下水処理場の各務原浄化センターがある。公益財団法人岐阜県浄水事業公社が管理運営するセンターは、広大な敷地を持ち、サッカー場や野球場、テニスコート、バラ園などが配置され、一見、都市公園のようだ。全部で37ヘクタールもある。浄化センターの土地は、南の木曽川と、北の航空自衛隊各務原基地に挟まれた一角である。


地域住民への還元として造られたバラ園
杉本裕明氏撮影 転載禁止


各務原浄化センターの案内板。公園、グラウンドが幾つも整備されている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

訪れると、バリバリバリと耳をつんざく轟音がした。自衛隊基地の航空機の音で、昼間は10分に1回の頻度である。北側に住宅街が広がるが、もちろん、騒音対策が講じられているのだろう。このセンターの用地の相当の面積が運動場やバラ園などに割かれているのは、地域住民への還元のためだ。この問題にかかわった岐阜県庁の元副知事が振り返る。

「当時は建設反対の大闘争が繰り広げられ、裁判まで起こされました。しかし、流域の下水は下流の一カ所の下水処理場で受けるしかありません。ねばり強い話し合いののち、ようやく住民に同意してもらいました」


周囲には住宅地が広がる。かつて反対運動が起きたが、いまは良好な関係だ
杉本裕明氏撮影 転載禁止

各務原浄化センターは、岐阜市、各務原市、可児市、御嵩町など木曽川右岸の4市6町から排出された汚水の処理を行う流域下水道の処理場である。処理区域の人口は約42万人、1991年から岐阜市と各務原市の一部で供用が開始され、順次、下水管を延ばし、現在の処理面積は約1万2,000ヘクタールに及ぶ。


向こうに見えるのは水処理施設
杉本裕明氏撮影 転載禁止

浄化センターは、幾つもの建物・装置からなる。大きな流れでいうと、下水管を通して流れる汚水は、別の場所に設置された中継ポンプ場でいったん汲みあげ、それを、高低差を利用した自然流下で下水処理場まで流す。水処理施設にある「最初沈殿池」に入る。ここで汚水はゆっくりと流れる中、大きな汚れだけが沈む。

生物反応槽の微生物が働く

次に汚水は「生物反応槽」に送られ、微生物が汚れを食べたり吸着したりしながら沈みやすい塊を造る。上部の汚水は最終沈殿池に送られ、そこで微生物の塊(活性汚泥)ができて沈む。沈殿した塊は泥水となっているので汚泥脱水機で絞り、下水汚泥を取り出す。


放流ポンプ棟
杉本裕明氏撮影 転載禁止

汚泥が沈んだあとに残った水は、急速濾過池で小さな汚れを取り除き、放流ポンプ室で塩素を加え、木曽川に放流する。一部の水は、再利用水として池・蛍ビオトープ、芝生・植栽への散水、トイレ用水などに使われている。


濾過池と放流ポンプ棟が並ぶ
杉本裕明氏撮影 転載禁止

絞って水分を減らした下水汚泥はその後、どうなるのか。多くの下水処理場には、焼却施設が設置され、そこで脱水した汚泥を焼却し、残った焼却灰を埋め立て処分したり、セメント原料にしたりしている。しかし、この浄化センターには焼却施設がない。

脱水した汚泥はセメントの原料

元副知事が説明した。
「それは、地域住民にセンターの立地を認めてもらう代わりに、焼却施設を造らないことを約束したからなんです。汚泥の処理は他の場所に頼ることになりました」

浄化センターの職員が言う。
「ここから年間に排出される下水汚泥は年間3万7,000トンあります。その一部は、岐阜県本巣町にある住友大阪セメントの岐阜工場に直接運ばれ、セメントの原料として使用されています。残りは、処理業者に委託し、乾燥させて固形燃料にし、このセメント工場の燃料として売却してもらっています」


汚泥槽
杉本裕明氏撮影 転載禁止

脱水した汚泥をまるごとセメント工場が引き取ってくれないのは、セメントの生産量に見合うだけの需要がないからだ。それなら、固形燃料化にして燃料として使ってもらおうと、民間業者に固形燃料化を委託することにした。これで、汚泥のバイオマス資源としての有効利用が完成した。浄化センターでは、かつて別の場所で汚泥を焼成してできたスラグからレンガを造ったことがある。管理棟の入り口部分には、汚泥で造った赤茶色の「リサイクルレンガ」が敷かれている。


管理棟の前の歩道は、汚泥焼却灰から透水性ブロックを造り、敷き詰められていた
杉本裕明氏撮影 転載禁止


汚泥焼却灰から造った透水性ブロックを説明する
杉本裕明氏撮影 転載禁止

元副知事は「当初は脱水汚泥を民間の最終処分場で処分しようと考えていました。業者は、そのためもあって、新たに最終処分場を建設しようとしましたが、町と住民の反対にあって建設できなくなり、それで様々な処理方法を検討しました」と語る。リサイクルレンガも、その取り組みの1つである。

浄化センターの汚泥がセメント工場で処理されるようになったのは、下水処理場ができて随分あとになってからだ。当初は、全国で発生した下水汚泥(水分を除いた固形分)は138万トンあり、うち111万トンが埋め立て処分されていた。リサイクル率は15%にすぎず、セメント化が始まるのは1996年になってから。その後、岐阜県がこの方式を採用した。各務原から20キロ足らずの近い場所に住友大阪セメント岐阜工場があったことが幸いした。岐阜工場も廃棄物の受け入れに積極的だった。


機械濃縮棟
杉本裕明氏撮影 転載禁止

いまでは全国で発生する汚泥のうち、最終処分場で埋め立てられている量は52万トンにまで減り、リサイクル率は76%にまで高まっている。

岐阜県は下水道普及率が低かった

いまでは、地域住民に定着し、共存共栄をはかっている浄化センターだが、かつては全国でも有名な、激しい建設反対運動に遭遇した。下水道は、市町村の固有の事業で「公共下水道」と呼ばれる。1960年から市町村が共同で処理施設を造るようになったものは「流域下水道」と呼ばれる。日本の下水道普及率は他の先進国に比べて低く、1993年時点で42%と、OECD諸国(欧州)の57%、北米の73%に比べ立ち遅れが目立っていた。

岐阜県の普及率は山村が多いことから25%と低かった。そこでこれまでの市町村任せから、県が全県民を対象に下水道の整備を進めるための構想をつくり、整備を促進しようとした。1993年度に岐阜県が策定した全県域下水道化構想は、単独の公共下水道、木曽川右岸流域下水道、農村の集落ごとに造るコミュニティプラント、家庭に設置する浄化槽も含め、普及率を2020年度に78.8%に引き上げるとしていた。そのうち下水道の比率は86.9%を占めると想定していた。


水処理量を示す表示板。1日に約20万立方メートルの汚水を処理している
杉本裕明氏撮影 転載禁止

この目標値を牽引するのが、県が実施する「木曽川右岸流域下水道」。岐阜市をはじめ3市9町(現在は市町村合併で4市6町)から出る排水を一カ所の終末処理場で処理する計画である。流域下水道初期の対象人口は6万人だが、最終的には51万人に増やす計画だった。

その建設費用は建設省(現国土交通省)の公共事業費に依存していた。建設省は第七次下水道整備五カ年計画を91年に策定、16兆5,000億円の事業費を投じ、整備の遅れた中小市町村を重点に普及率の向上を目指していた(岐阜県の普及率は2008年度に全国平均となり、その後は1%前後上回り、現在は90%を超えている)。

汚泥の処理先に困る

木曽川右岸の流域下水道事業は、1973年に県が計画を発表。翌年には都市計画決定、77年には都市計画事業が認可され、各務原市の木曽川沿いに下水処理施設をつくることを決めていた。

しかし、この土地に3市9町から排出された汚水を処理する施設計画に住民から強い不満が渦巻いた。73年6月、県が市や市議らにこの計画を説明すると、地元住民らが「建設反対期成同盟」(1,000戸)を発足させ、署名運動と計画の白紙撤回を求める陳情活動を 始めた。

県は反対期成同盟と協議しているうちに、今度は「各務原郷土を守る会」が結成され、絶対阻止を唱えて運動を始めた。反対運動は、77年に計画の事業認可がされた後も続いた。県が団体との交渉を拒否すると、78年には、県のボーリング調査を住民たちが実力阻止し、機動隊が出動する騒ぎに発展した。さらに、地主と保証契約が結ばれたことに、反対する周辺住民らが裁判を起こすなど、泥沼化した。

住民らの反対理由は、大規模処理場は環境破壊と二次公害を引き起こし、周辺住民の健康被害をもたらす、工場排水も処理するので、有害物質の除去が難しく、放流する河川の水質を悪化させるなどだったが、80年代に入って次第に沈静化し、87年8月に知事、市長、住民代表の間で調停案が成立。処理場は認めるが、汚泥は別の場所で処理することが決まった。

県が期待した民間の管理型最終処分場が住民の反対で建設できなくなり、県が頼ったのが岐阜県本巣町の住友大阪セメント岐阜工場だったというわけだ。

さらに再エネの導入を検討

1984年に建設が始まり、1日9,000立方メートルの処理能力を備えた施設が稼働し、各務原市などからの下水を受け入れ始めたのは7年後の91年。そのころ、全国的に下水汚泥をセメントの原料に使う試みが幾つかの地域で始まっていた。

最近公表された岐阜県汚水処理施設整備構想案では、「脱炭素社会への取り組みの促進」として、市町村の下水道事業での温室効果ガス削減対策を進めるため、地球温暖化対策推進法に基づく、市町村の「地方公共団体実行計画」に下水道の施策と削減目標を設定することを促し、下水処理場への効率的な設備の導入や、高効率機器への更新などによる消費エネルギーの削減促進や、太陽光発電や下水汚泥のエネルギー利用などの取り組 みを促進するとしている。

各務原浄化センターを運営・管理する公益財団法人岐阜県浄水事業公社は「以前、小水力発電を検討しましたが、ここは高低差が小さく、コストに見合う発電量が得られないことがわかり、断念しました。しかし、現在、新たな再エネが導入できないか検討しています」と話している。

川崎市は、小水力発電とソーラーパネル

多くの下水処理施設では焼却施設が併設され、水分を抜いた汚泥を焼却処理している。最近は、愛知県豊橋市のように汚泥を使ってメタン発酵させ発電に利用する先駆的な施設もできているが、当時は下水汚泥のリサイクルの試みが始まったばかりだった。各務原浄化センターは当時として先進的な試みだった。

川崎市の上下水道施設には、高低差を利用し、自然流下させている施設が多い。2012年のFIT導入の前にあったRPS法(電気事業者による新エネルギー等に関する特別措置法)で小水力発電が位置づけられたため、市は2004年4月、横浜市鶴見区にある江ケ崎制御室にマイクロ水力発電装置を設置、2006年9月には川崎市宮前区の鷺沼配水池にも設置された。いずれも水の圧力でプロペラを回して発電する方式だ。


川崎市の入江崎水処理センターにある小水力発電施設
川崎市提供 転載禁止

市が次に取り組んだのが、川崎区にある下水処理場の入江崎水処理センターの再構築施設(西系)での放流される処理水の水位落差を利用した小水力発電設備の導入である。年間6万キロワット時の電力を得ている。またセンターの沈砂池管理棟の屋上に太陽光パネルが設置された。こうした小水力発電や太陽光発電設備の導入により、2020年度実績で約16万6000kWh、2021年度実績で約17万kWhの発電量があった。発電した電力は、全量を自己消費している。CO2に換算して、2020年度は約76トン、2021年度でも約76トンの削減ができた。


川崎市の同処理センターの管理棟に設置された太陽光発電パネル
川崎市提供 転載禁止

また、隣接する入江崎総合スラッジセンターでは、下水汚泥を焼却した後の焼却灰をセメント工場に持ち込み、セメント原料として再利用されている。市には4基の汚泥焼却炉があり、そのうち高温化・二段燃焼化技術を採用した焼却炉が2基ある。2019年と21年にこの技術を採用し運転を開始したもので、市によると、CO2の約300倍の温室効果を持つN2O(一酸化二窒素)を、従来の焼却炉に比べて73%削減することが可能という。市は、高温化・二段焼却化技術を採用していない2基のうち、既に1基の焼却炉の更新工事を行っており、高温化・二段焼却化技術を採用する予定という。

川崎市は「今後の計画として、入江崎水処理センターへの太陽光発電設備の設置や、入江崎総合スラッジセンター1系焼却炉での廃熱発電設備の設置を予定している」としている。

京都では、消化ガス発電施設や固形燃料化の炭化施設

京都府と京都市も取り組みが進む。京都府は、5つの流域下水道があるが、2005年には木津川流域下水道の洛南浄化センターに、汚泥の処理過程で発生する消化ガスの発電施設を設置、施設で使う35パーセントの電力をまかなえるようになった。

2015年には木津川上流浄化センターに同様の発電施設が設置された。桂川右岸流域下水道の洛西浄化センターでは、汚泥の処理過程で発生するN2Oの発生を抑制するため、川崎市と同様の流動床炉を高温焼却して発生量を減らす、多層燃焼流動路を採用したり、下水熱を施設の冷暖房に利用したりしている。


京都市の鳥羽水環境保全センターの炭化施設。固形燃料をつくる
京都市ホームページより

さらに洛西浄化センターには、2017年、下水汚泥を固形燃料にする炭化施設が稼働した。これは、脱水した下水汚泥を蒸し焼きにし、炭の状態にする。バイオマス資源から造った固形燃料は、火力発電所の燃料として売却されている。焼却炉メーカーの月島機械など3社の共同企業体が受注し、1日50トンの下水汚泥の処理能力がある。

この府の動きに、京都市も負けてはいない。市は、「はばたけ未来へ!京プラン」で掲げる「脱炭素・自然共生・循環型まちづくり戦略」に基づき、再生可能エネルギーの利用拡大を進める。上下水道施設での再生可能エネルギーの活用では、4つの処理施設に大規模太陽光発電設備が設置されている(小規模は10施設)している。発電した電力は、電力会社へ売却するほか、施設でも使っている。

このうち、下水処理場の鳥羽水環境保全センターは2013年に下水処理施設の建物上部を利用し、最大出力1メガワットの大規模太陽光発電設備が設置された。市は「地方自治体が事業主体となって、下水道施設内にメガソーラー級の太陽光発電設備を設置したのは、鳥羽水環境保全センターが全国で初めて」としている。

この環境保全センターでは、2021年春から、固形燃料にする炭化施設が稼働している。ここも府と同様に、月島機械とその子会社が受注した。府の同様の施設に比べ、一日の汚泥の処理能力は150トン、炭化量は19トンとかなり多い。年間で4万9500トンの汚泥を処理している。市下水道局は「固形燃料はバイオマス資源なので、CO2フリーです。石炭代替として発電所に売却し、わずかですが、売却益が市に入っています」と話している。

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この記事を書いた人

朝日新聞記者を経て、フリージャーナリスト。廃棄物、自然保護、地球環境、公害など、環境の各分野に精通する。著書に『ルポ にっぽんのごみ』(岩波書店)『ディーゼル車に未来はあるかー排ガス偽装とPM2・5の脅威』(同、共著)、『環境省の大罪』(PHP研究所)、『赤い土(フェロシルト) なぜ企業犯罪は繰り返されたのか』(風媒社)、『社会を変えた情報公開―ドキュメント・市民オンブズマン』(花伝社)など多数。NPO法人未来舎代表理事として、政策提言や講演会などをしている。

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