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熱海市の惨事を起こさないために 工事現場から出た残土はどこに行くのか②

首都圏から大量の残土が三重県内の集落に持ち込まれ、巨大な山が築かれている。地方を残土(ざんど)捨て場にする建設発生土と建設汚泥の処理の不健全な処理が社会的な問題となり、三重県や県内の市町は、土砂の持ち込みを規制する条例を制定した。条例のない空白の地域を狙った業者の行為だが、条例の限界も露呈することになった。

ジャーナリスト 杉本裕明

目次

大量の残土が、首都圏と近畿圏から三重県に

首都圏から大量の残土が持ち込まれた三重県紀北町を訪ねた。三重県の南端に近い尾鷲市の尾鷲港岸壁で、海上保安庁の巡視船が停泊している。そこから約100メートル先の岸壁に、残土の山があった。住民によると、数日前まで砂利運搬に使うガット船から、バケットクレーンで岸壁に残土を降し、ユンボでダンプカーに積み替え、どこかに運んでいるという。


三重県尾鷲市の尾鷲港に横付けされたバース船。クレーンで残土が岸壁に降ろされている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

岸壁の真っ黒な残土を見た。道路に転がっている残土の破片にさわると硬い。砂からなる品質の良い茶色の発生土と違い、ドロドロの土に石灰かセメントを混ぜて硬くした、いわゆる「改良土」と思われる。三重県では、残土埋め立ての規制条例が、三重県(2020年4月施行)、紀北町(19年7月施行)、尾鷲市(20年4月施行)、伊賀市(2018年7月施行)などで誕生している。県条例は3,000平方メートル以上または1メートル以上の高さの盛土(もりど)のための残土持ち込み、尾鷲市と紀北町は1,000平方メートル以上、3,000平方メートル未満、伊賀市は1,000平方メートル以上の規模を対象としている。

三重県と尾鷲市の条例が許可制なのに比べ、紀北町と伊賀市は届出制で規制力が弱い。これらの条例はいずれも自治体が率先して条例化しようとして成立したわけではなかった。いずれも他地域からの持ち込みに、環境汚染や自然、生活環境の悪化、土砂崩れなど災害の危険性から、市民団体や議員などが条例化を求め、さらに首都圏や近畿圏からの大量の搬入が毎日新聞で大きく報道され、せっぱ詰まった結果だった。

条例できたが、隙間見つけて残土搬入

三重県条例は、NPO法人破棄物問題ネットワーク三重や廃棄物と残土問題に詳しい村田正人弁護士らの活動が大きく貢献している。村田弁護士は「近畿圏や首都圏から条例がなかったり、規制の緩い三重県に持ち込まれてきた。三重県に限らず、業者は、農地を復元してやるとか、荒れた土地を元に戻すとか地主に言って、大量の残土を持ち込んで、後でトラブルを起こすことが多い」と話す。

三重県の3,000平方メートル以上の開発行為は、県内で発生し、県内に盛土する例はあるが、県外からの持ち込みはないという。しかし、1,000平方メートル以上の残土埋め立ては、尾鷲市で相変わらず続き、2022年春時点で14件(うち12件は埋め立て終了)あり、紀北町はない。紀北町の環境管理課は「条例施行後1,000平方メートル以上の届出はない。それ未満の持ち込みも1件にとどまり、抑止効果が表れている」と語る。県尾鷲建設事務所は「港での持ち込みの際、1,000平方メートル以下についても業者に搬入先を聴き、市と町に伝えている」と話す。

だが、同建設事務所に対し、尾鷲港・名倉港への残土の荷揚げ実績について情報公開条例を使い開示請求したところ、積み出し港と積み卸し港、その量はわかるが、肝心の出荷元の事業所と船の名前は黒塗りされていた。この開示文書によると、2019~2021年までの間に約40万トンの残土が両港に荷揚げされていた。

地理からいってほぼ全量が尾鷲市と紀北町で盛土がされたと思われる。いずれも船1隻に積み込まれた残土は1,000~2,000トン程度なので、県の条例による許可の対象外である。県条例は搬入を抑止するという意味ではあまり効果はないようだ。

残土問題訴えて町会議員選挙で当選

神奈川県や千葉県、大阪府などの県外から大量の残土が持ち込まれているとして紀北町で大騒ぎになったのはいまから5年ほど前である。その火付け役が町会議員の柴田洋己さんである。東京の設計事務所に勤めていた柴田さんは、2003年に定年と同時に郷里の紀北町に妻と戻り、豊かな自然に囲まれ、平穏な暮らしを続けていた。

ところが、そんな生活を脅かすようなできごとが、ひそかに進行していた。2013年、柴田さんは、老人会の集まりで知人の車に乗せてもらう機会があった。知人が連れていった先が、森林の一角。見ると、巨大な残土の山があった。真っ黒な土が谷間を埋め尽くしている。知人が言った。

「柴田さん、これは東京の建設工事現場から出た建設残土なんだよ」
「そんなばかな」
柴田さんは、東京時代に知り合った国会議員の事務所に連絡した。
「警視庁に問い合わせてみましょう」
しばらくして、秘書から電話があった。
「柴田さん、首都圏から大量の残土が持ち込まれている。放っておくと、取り返しのつかないことになるよ」
町内と隣の尾鷲市の残土の現場を調べ始めた。だが、県の出先機関や町役場に聞いても教えてくれない。

「町会議員にならないと」

思い立った柴田さんは、2018年、町会議員選挙に立候補した。残土問題を訴えて見事当選した。議会でこの問題を繰り返し取り上げ、持ち込みを規制する条例の必要性を唱えた。

情報公開制度をつかって実態を把握

議員になっても情報は簡単には集まらない。そこで利用したのが、県の情報公開条例だった。バルク船で、尾鷲港や紀北町の名倉港に運ばれてくるが、港を管理するのは尾鷲市にある三重県の出先機関だった。尾鷲港では、バースの一区画を業者に貸し出し、賃料をとっていた。そこで県の港に揚陸される残土の量、搬出先、かかわった業者名などについて、三重県に開示請求した。

開示された文書を見ると、黒塗りは相当の量にのぼっていたが、いつ、どこにあった土を持ち込んでいたのか、概要を把握することができた。柴田さんが、尾鷲港と名倉港(紀北町)の荷揚げ実績書を見せてくれた。荷揚げされた残土の約7~8割が「改良土」、残りが「残土」と記載されている。「残土」とは建設現場から出た土のことで、国土交通省は「建設発生土」と呼んでいる。一方、「改良土」は、どろどろの状態の品質の悪い建設発生土にセメントや消石灰を混ぜて硬くするなど加工した土のことだ。

柴田さんが言う。
「建設発生土の残土もリサイクルされた改良土も、いずれも建設現場の埋め戻し材や宅地造成などに再利用されるべきもの。ところが、ここに持ち込まれて山や平地に捨てられている。紀北町は土捨て場にされているんです。こんなことではと、千葉市など先行自治体の条例を参考に条例案をつくり、町に提案、制定を働きかけました。18年に毎日新聞がこの実態を報道してくれ、三重県同様、町でも条例制定の気運が高まりました」

柴田さんに開示された県の文書を見ると、710件中7割以上が「改良土」と書かれていた。いわゆるセメントを混ぜて硬くしたものだ。品質の悪いどろどろの建設発生土か、持ち込みが禁止されている産廃汚泥のどちらかのようにも見える。


柴田さんが入手した土砂発生元証明書。肝心な部分は真っ黒だ
杉本裕明氏撮影 転載禁止

柴田さんは、以前はかなりの部分を開示してくれたのに最近は、黒塗りの部分が増えたと、県を批判した。そこで県に聞くと、「開示した後、名前が出た業者から、開示されたことで、営業に支障が出たとのクレームがあったので」と回答した。

町内に残土の山が8カ所

柴田さんに案内してもらい、現地を見て回った。条例制定前に首都圏と近畿地方から持ち込まれたところが町内に8か所あった。最も巨大な残土の山は、町の中心部から東に約3キロ行った名倉地域の森林。下から見ると、高さ50メートルはある。 谷のてっぺんから谷底にかけて、残土が階段状に積み上げられている。表面を薄茶色の土で覆土してあるが、中にある大半の土は、熱海市の盛土のように黒褐色である。

「残土処理を引き受けた業者は、紀北町の長島港で船からダンプカーに積み替えてここまで運ぶ。頂上から谷底めがけて残土を落としていくんです。ダンプカーの数を数えたら、1日に800台あった日もありました」

柴田さんが言う。「ここに持ち込んだ業者はその後倒産し、現在は中国系とも言われる別の業者に所有権が移りました」。ここに太陽光パネルを敷き詰める計画で、頂上部分に中国製のパネル施設が並べてあった。谷間の下流には鉄道の橋、川、集落がある。数年前に残土が川に流出し、町が撤去したこともあったという。

畑明郎大阪市立大学元教授が、川の水を採取、分析したことがある。鉛、ヒ素などは環境基準以下だったが、電気伝導度は通常河川の12倍あった。畑さんは、「自然の水質の数値ではない。残土は化学工場などの跡地の土かもしれない」と推測する。
柴田さんと二人で、残土の頂上のそばに立った。敷地境界の際から、下を見下ろすと、ジェットコースターか、崖から直下をみたような感じだ。

「いつ崩落が起きても不思議じゃない」

柴田さんと私は顔を見合わせて言った。

残土には建設廃棄物が混じっている

その名倉の残土の山から2キロ北西に走ると、太陽光パネルが、きらきらと太陽光を反射していた。谷間を残土で埋め、その後に太陽光パネルが設置されている。階段状に整地されているが、地面はやはり黒褐色の残土で、近づいてみると、陶器やタイル、プラスチックの破片がむき出しで見える。産廃混じりの残土の山なのだ。


建設廃材と残土が混じっている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

そこからさらに西に2キロ行くと、伊勢自動車道の脇に、高さ約20メートルの丘があった。残土を台形状に積み上げ、上部に太陽光パネルが設置されている。ここは、段差も排水溝もなく、法面の一部がすでに崩れていた。住民の一人が言った。「いつ崩れるかと不安ですが、規制がないから業者はやりたい放題なんです」。


紀北町の住宅(右側)のそばにある残土埋め立て地。太陽光パネルが設置されている
杉本裕明氏撮影 転載禁止

柴田さんによると、最近土砂崩れが起き、土砂が農業用水に流れ込んだ。ここでもレンガや陶器などの産業廃棄物がかなり混じっていた。持ち込んだ業者が港を管理する県に出した「港湾施設使用状況届」や柴田さんによると、大阪の岸和田港から計13万トンがここに搬入されていたという。

持ち込んだ会社の経営者は銃刀法違反で刑務所に服役中だったが、近畿地方の汚染土の処理会社が、この業者に処理を依頼していた。船で紀北町の港まで運び、トラックに積み替えて運ばれた黒褐色の残土は、瞬く間に残土の山となった。

問題ある会社でも残土の処理を依頼

受け入れた業者の会社も、服役中の経営者に代わって社長を務めていた人物が経営苦から自殺した。会社は解散した。柴田さんと、次の残土の現場に向かった。

町役場から国道42号を3キロ南西に進むと、熊野古道近くに残土の山があった。雑草に覆われ、残土の山とはわからない。だが、柴田さんが言った。「雨で残土が流出しました。それで、中に陶器や鉄筋、シートなどの建設廃棄物がかなり含まれていたことがわかったのです」。

条例の対象外である1,000平方メートル未満の残土が持ち込まれた現場があると聞き、その現場も見た。水田に囲まれ沼地のような場所で、産廃まじりの残土で造成し、太陽光パネルが置かれている。地面に目を落とすと、むき出しの建物を解体した後の鉄材やがれきが見える。それでも町に聞くと、「条例が制定されたおかげで、条例の対象となる1,000平方メートル以上の届け出はなくなり、条例の対象外の1,000未満の持ち込みは、ここ1件だけということだった。


紀北町の条例対象外の残土埋め立て地
杉本裕明氏撮影 転載禁止

条例は抑止効果を発揮しているということか。 畑元教授は、19~20年にかけて現地調査し、排水や近くの河川の水質を分析している。尾鷲市の残土の山の排水からは、環境基準の20倍のヒ素が検出され、Phは11.8と強アルカリ性だった。

条例で残土搬入は止まるか

柴田さんは関東地方を中心に、残土条例を制定している自治体を訪ねている。条例といっても、内容にかなりの差があり、どれがいいのか、自分の目で確かめるしかないと思ったからだ。

お手本になると思った千葉県君津市、印西市、茨城県牛久市は県外からの搬入を禁止し、事業面積は、君津市と印西市が500平方メートル以上、牛久市は下限なしとし、持ち込みを厳しく規制している。印西市、牛久市、茨城県、下妻市では、産廃の疑いのある「改良土」の搬入を禁止する。

条例はできたが、柴田さんは満足していない。「条例は許可制でない、規制力の弱い届出制だし、県外からの搬入を禁止していない。議会で、私たち4人の議員が、町の残土条例案に対し、県外からの搬入禁止を盛り込むよう修正案を出したが、否決された。一定の基準を満たせば残土の山を築くことは可能だ。もっと規制力を備えた町条例に改正するとともに、国は強力な規制法を制定してほしい」。


「情報公開請求で得た資料をもとに実態を解明していきました」と語る柴田さん
杉本裕明氏撮影 転載禁止

総務省が最近行った調査では、不適切な埋め立て事案120件のうち、条例に違反した無許可の埋め立てが半数。残土の撤去は一件しかなく、条例で解決できないことは明らかになった。発生土の工事間利用(工事現場から出た土を別の工事に利用する)は1割足らずで、公共工事での工事間利用率を見ると、国交省地方整備局は80%あるのに、都道府県は28%、市町村に至ってはたった7%だった。民間工事では調べた55件のうち発注者から搬出先が指定されているのは2件で3.6%。処分費が契約上明確でなく、計上されていない可能性があるとしている。

総務省は、国土交通省などに対し、①残土の搬出、その後の状況を工事発注者が確認できる仕組みをつくる②その情報を条例制定の自治体がわかるよう公にすることを勧告した。しかし、これだけでは、住民に情報が開示されない状態が続くことになる。

迷惑受ける優良業者

この実態に被害を受けているのは、地元住民だけではなかった。まじめに土の有効利用とリサイクルに取り組む業者である。建設汚泥のリサイクルで高い技術力と実績を誇る西日本のある業者に聞いた。

「どこでどんな性質の発生土が発生し、どこに持ち込んだか、品質も含めて管理すれば、こんなことは起きない。しかし、民間工事ではコストが優先されている。残土処分を安く引き受ける業者が多数いるから、それでコストが吸収されてしまう。こんなことやっていると、本来のリサイクルが進まない」

三重県に残土を運んでいる業者に、ある研究者が、この事業が果たしてペイするのか聞いたことがある。業者はこう言った。

「トン2,000円で受けている。三重県から東京に物資を運び、その帰りの船便に残土を積んで運ぶから、空で帰るより効率的だ。埋め立ての費用までそのお金でまかなえる」

そんな芸当が本当にできるのだろうか。リサイクルに専念する別の業者に聞くと、一笑に伏した。

「そんな馬鹿なこと、ありえない。船で運んで埋めてペイさせるというなら、値段の高い汚染土を引き受けるしかありません。もちろん、これは違法の疑いが強い」

2022年春に制定された盛土規制法は、こうした問題を解決できるのだろうか。次回は、熱海市の大事故を機に制定された盛土規制法について考える。

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この記事を書いた人

朝日新聞記者を経て、フリージャーナリスト。廃棄物、自然保護、地球環境、公害など、環境の各分野に精通する。著書に『ルポ にっぽんのごみ』(岩波書店)『ディーゼル車に未来はあるかー排ガス偽装とPM2・5の脅威』(同、共著)、『環境省の大罪』(PHP研究所)、『赤い土(フェロシルト) なぜ企業犯罪は繰り返されたのか』(風媒社)、『社会を変えた情報公開―ドキュメント・市民オンブズマン』(花伝社)など多数。NPO法人未来舎代表理事として、政策提言や講演会などをしている。

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