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化石燃料削減の特効薬、炭素税の行方(下)経産省VS環境省は経産省の勝ち

炭素税について、前回の(上)では、欧米の状況が随分違うことや、環境省が導入に向けて取り組んできたことを述べました。(下)の今回は、その導入論議の最新の情報をお伝えしようと思います。これまで、環境省は導入に前向き、経済産業省は後ろ向きと言われてきました。ところが、どんでん返しが起こったというのです。

ジャーナリスト 杉本裕明

目次

環境大臣の就任記者会見で「GXの議論に貢献」

8月10日、西村明宏議員の就任会見がありました。西村大臣は、環境大臣に就任するまでは、自民党の総合エネルギー調査会幹事長を務め、原子力発電の強力な推進派で、安倍派の有力者の一人です。西村大臣はこんな言葉で始めました。

「この度、環境大臣を拝命しました西村明宏でございます。昨日の夜、岸田総理からお電話いただいて、環境大臣ということで、驚きましたけれども、しっかりですね、皆さんのいろいろ御意見をいただきながら、環境行政を進めてまいりたいと思っております」

「岸田総理から、まず福島の復興の加速化、地域の脱炭素トランジションを始めとする脱炭素化の推進、国立公園等の活用の推進、海洋プラスチック対策の推進、原子力規制委員会のサポート、原子力防災体制の強化等に取り組むよう御指示をいただきました」

そして、カーボンニュートラルに話を移した。

「2030年度の削減目標、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、環境省が果たすべき役割は、ますます大きくなっているところでございます。まずは、炭素中立型経済社会への移行に向けて、2030年まではまさに勝負の10年という形で、強い危機感を持って地域、暮らしの脱炭素化を加速させてまいりたいと思っております」

さらにこんな発言をした。

「加えて、GX実行会議におきましても、GX実行に向けた10年ロードマップの策定、成長志向型カーボンプライシング構想の具体化、最大限の活用、こうしたものに向けて積極的に議論に貢献してまいりたいと思っております」

経産省主導のGX会議

環境省が最も実現に向けて走っていたのは、カーボンプライシング、すなわち炭素税の実現だったのではなかったのでしょうか。会見には、必ず事務方が答弁の雛形をつくり、大臣に渡しておくのが習わしだ。それにこだわらない政治家もいるから何ともいえないが、環境省の悲願である炭素税について、我が省が中心になってやるという発言はなく、内閣官房が主催するGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議の議論に参加するというのです。岸田総理は7月にあった第1回実行会議でこの会議の目的をこう述べています。

「まず、グリーントランスフォーメーション、すなわち、GXは、単なる化石エネルギーからの脱却にとどまるものではありません。2050年炭素中立の目標達成に向けて、エネルギー、全産業、ひいては経済・社会の大変革を実行していくものです。日本は、それに向けて、2030年度、温室効果ガスマイナス46%という非常に難度の高い国際公約を掲げています」

「一方、足元では、ロシアのウクライナ侵略に関連した、国際エネルギー市場の混乱、価格高騰、国内における電力やガスの需給逼迫(ひっぱく)の懸念など、1973年の石油危機以来のエネルギー危機が危惧(きぐ)される極めて緊迫した状況にあります。エネルギーの安定供給の再構築が早急に求められています」

「まず、足元の危機の克服が最優先です。この危機の克服なくして、2030年、2050年に向けたGXの実行はあり得ません。他方、足元の危機の克服が中長期のGXの実行と別々のものであってはなりません。足元の危機克服を、GX実行に向けた10年ロードマップの第1段階に位置づけるものとしなければならないと考えます」


近赤外線で、プラスチックごみを素材事に選別する装置。全国でドイツ製の選別装置の導入が進むが、環境省の地球温暖化対策税による補助金を受けているところが多い(記事と写真は関係ありません)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

内閣官房が主催するGX実行会議ですが、実際には経産大臣がGX推進担当大臣として、主導権を握っています。2回目の8月24日には、岸田首相が原発再稼働を宣言し、それが新聞やテレビで大きく報道しました。

原発再稼働、新しい型の原発推進という大方針が、ここで簡単に決まってしまいました。このGX実行会議が、政府の方針を決め、表明する場になっています。構成は、議長が総理大臣、副議長が経産大臣(名目ではGX実行推進担当大臣)、内閣官房長官、構成員は、経済界や大学教授ら有識者と、外務大臣、財務大臣、環境大臣からなります。

経産省が提案した「GX経済移行債」(国債)

経産省は1回目の会議で、5つの政策イニシアティブを提出しました。その一番目が、「GX経済移行債(仮称)の創設」でした。

「今後、10年間に150兆円超の投資を実現するため、成長促進と排出抑制・吸収を共に最大化する効果を持った成長志向型カーボンプライシング構想を具体化し、最大限活用する。同構想においては、150兆円超の官民の投資を先導するために十分な規模の政府資金を、将来の財源の裏付けをもった『GX経済移行債(仮称)』により先行して調達し、新たな規制・制度と併せ、複数年度にわたり予見可能な形で、脱炭素実現に向けた民間長期投資を支援していくことと一体で検討する」

環境省も環境省の取り組みと題するペーパーを提出しました。

「脱炭素移行に向けた環境省の取組として、GXは、経済社会全体を俯瞰(ふかん)して推進。地域における新たな需要を創出し、将来に向けた投資拡大の一翼を担う」「これまでの検討の蓄積を生かして今後の制度設計に貢献。カーボンプライシングを最大限活用し、イノベーションや脱炭素への投資を一気に加速」

これまで炭素税導入のために論議してきた事実が何も述べられていません。具体的な実現のための法整備等の戦略というより、お金の話ばかりですね。政策イニシアティブで述べているように、10年間に150兆円超の投資を実現するために、GX経済移行債(仮称)という国債発行を考案したのが、経産省でした。その額を20億円と想定しています。では、政府はこれをどうやって返済するのでしょうか。もし、赤字国債の扱いにしたら、財政規律を重んじる財務省は黙っているのでしょうか。

財務大臣が財源を裏付け求める

このあと、鈴木財務大臣が発言しました。

「野心的な投資を前倒しで大胆に行っていくために、将来の財源の裏づけを持ったGX経済移行債により、先行して政府資金を調達し、民間資金の呼び水として投資支援を行う方向で検討を進めていくこととなります。その際、適時適切に効果検証を行い、効率的かつ効果的な支援としていくとともに、GX経済移行債の償還財源の裏づけを確実に確保することが必要であると考えています」

借金返済のめどがないと、だめだよ、と言っているのです。これを受けるように、山口環境大臣が「裏づけとなる財源の確保について、環境省では炭素税などのカーボンプライシングについて既に幅広く検討しており、その蓄積を生かして今後の制度設計に貢献していきます」と発言しました。


ペットボトルのベール。ペットボトルも将来は、化石燃料以外から造られることが想定されている(記事と写真は関係ありません)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

実は、環境省は、カーボンプライシング(炭素に値段を付けた炭素税を示す)を長く検討してきていました。現在も化石燃料に課税した地球温暖化対策税があり、石炭、石油、天然ガスに課税し、経産省と環境省の両方で約3,000億円の税収が両省の特別会計に入り、CO2削減の対策に使われています。しかし、この程度の額では、新たに起債する国の借金(20兆円)の返済に充てられないので、新たに税率の高い炭素税を課税しようというのです。

潰れた環境省主導での炭素税導入

この問題に詳しい内情を知るある官僚が、内情を語ってくれました。

「炭素税の話は経産省に取られてしまいました。炭素税をめぐる経産省との競争は決着がついたんです。まだ公にされていませんが」

これまで環境省は、カーボンニュートラルのための投資に使う財源として新たな炭素税導入に向けて検討を続けてきました、これに対し、経産省は企業や国民の負担が大きい(例えば、ガソリン価格などが大きく跳ね上がる)として反対してきました。そして排出権取引(GXリーグ)や国際炭素税措置を主張していました。それが、このGXでひっくり返ったというわけです。官僚が言います。

「GX・グリーントランスフォーメーションを考案したのは経産省。そのお金の一部の20億円は国債に頼るが、赤字国債の発行には財務省が抵抗する。そこで20億円の国債の借金の返済は、炭素税を充てようと考えた。相談を受けた財務省がそれに乗ったようだ」

GXは経産省主導で環境省が介入する余地はほとんどありません。GX会議でも数ある省庁の一つという扱われ方です。20億円の大半は、化石燃料を大量に使用している企業が、CO2の排出を減らすための投資の補助金として使われます。環境省が入り込む余地は、自治体への補助金ぐらいでしょうか。

あてがはずれ、環境省人事も経産省優遇

実は、少し前まで環境省は、炭素税導入のために財務省から出向してきた官僚の力を借りていました。財務省理財局長を経て環境事務次官も務めた中川雅治元参議院議員が2017年に環境大臣に就任し炭素税の議論を進めていました。

また、同時に財務省から出向していた中井徳太郎氏に環境事務次官になってもらい、審議官・課長級においても財務省の租税担当官僚を環境省に招き、財務省対策をはかり、導入の準備を進めてきました。もちろん、炭素税ができたら、環境省が主導権を握り、財源の多くを手にするためです。連携という名のもとに、どの省に分けてやるといった配分権をも狙っていたとも言われています。


廃プラスチックから水素を造るガス化プラント。こうした装置に将来炭素税のお金を投入、支援することになるのだろうか(記事と写真は関係ありません)
杉本裕明氏撮影 転載禁止

しかし、一気にGXでひっくり返されてしまいました。これは、エネルギー対策も含めた国の産業構造を変革(トランジション)し、カーボンニュートラルとその後の社会に向けた産業構造転換の計画ですから、産業政策に疎い環境省の出る幕ではありません。

というより、環境省は、2003年に地球温暖化対策税を手にして、毎年1,500億円近いフリーハンドで使える大金を手にして、他省庁と連携して実証事業や補助事業を実施し、ひたすら事業官庁化の道を歩んできました。本来の規制行政を疎かにして。

ミニ経産省の道歩むのか

つまり、大きな目線で見ればミニ経産省化の道を歩んできたわけです。それが、いま、ひっくり返った。

それが人事に現れました。6月の人事で、炭素税導入のために、もう1年延びると言われていた中井事務次官が勇退し、環境省プロパーが就任しました。中井次官は岸田総理や嶋田総理秘書官が卒業した開成高校の後輩です。先輩には頭が上がらなかったのでしょうか。さらに、環境省の予算を預かる要とも言える会計課長には、1年ほど前に経産省から出向した官僚が座りました。官房には国会対応をする課もあるのですが、その国会対応の責任者も経産省からの出向組です。

どうも、経産省を敵視していては、炭素税の分け前がもらえないことや、組織防衛ができないことから、人事の面で仲良くしたところを見せようとしたのでしょうか。立ち回りばかり考えて、浅はかな感じがしないでもありません。

かつて「通産ゴジラに負けない」と叫んだ環境官僚だが

かつては「通産ゴジラなんかにゃ、負けないぞ。こっちは小さくても闘うんだ。山椒(さんしょ)は小粒でもぴりりと辛い」。こんなことを環境省のプロパーたちが意気軒昂に吹いていたのが、夢のようです。

公害問題の解決のために奮闘した気骨のある官僚たちが姿を消し、仲良しの集まりになったのでしょうか。先の官僚はこんなふうに言います。

「環境省は何を軸にやったらいいのかがわからなくなり始めている。だって、いま、カーボンニュートラルはどんな省庁でも必死にやっている。エネルギー特別会計でやっていることも、経産省とほとんど違わないのだから」

環境省には「地域循環共生圏」という高邁な思想があります。エネルギーの地域分散と独立、地域の中で環境と経済が融合し、人々が幸福に暮らす。この理想の実現のために、環境省にはもう少し、踏ん張ってもらいたいものです。

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この記事を書いた人

朝日新聞記者を経て、フリージャーナリスト。廃棄物、自然保護、地球環境、公害など、環境の各分野に精通する。著書に『ルポ にっぽんのごみ』(岩波書店)『ディーゼル車に未来はあるかー排ガス偽装とPM2・5の脅威』(同、共著)、『環境省の大罪』(PHP研究所)、『赤い土(フェロシルト) なぜ企業犯罪は繰り返されたのか』(風媒社)、『社会を変えた情報公開―ドキュメント・市民オンブズマン』(花伝社)など多数。NPO法人未来舎代表理事として、政策提言や講演会などをしている。

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