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化石燃料削減の特効薬、炭素税の行方(上)導入が悲願だった環境省

炭素税の話です。炭素税は、化石燃料に新たに課税することで、化石燃料の使用を抑制したり、化石燃料を減らすための対策に税収を使い、カーボンニュートラル(CO2の排出量がゼロ)を達成するための有力な手段と言われています。地球温暖化を防ぐ特効薬のように言われていますが、この炭素税の実現を目指し、政府内でどんな動きがあるのか探ってみました。これが導入されると、ガソリン、電気、灯油等の大幅値上げは必至で、私たちの家計にも大きな影響が出ることは間違いありませんから。

ジャーナリスト 杉本裕明

目次

複数の新聞が炭素税導入の記事を掲載

先月の4月22日の朝日新聞朝刊に小さな記事が出ました。炭素税について21日の環境省の審議会が導入を求める報告書をまとめ、同省が導入を目指すと言います。しかし、いつから導入するのか、そもそも経産省が導入に慎重なのに、簡単にできるのかこの記事からはわかりません。記事は、以下のようなものです。

「温暖化対策のために、二酸化炭素(CO2)の排出量に応じて課税する『炭素税』について、環境省は21日、既存の『地球温暖化対策税』を見直すことで導入をめざす方針を示した」

「炭素税はCO2の排出に応じて課税し、排出削減を促す仕組み。同様な税制に2012年に導入された石炭やガス、石油に課税する『地球温化対策税』があるが、CO2 1トンあたりの税金は289円と、同約5,500円のフランスなど欧州と比べ低い。税率の引き上げが検討課題となる」

「温暖化対策には蓄電池技術の開発や送電網の整備など巨額の投資が必要だ。環境省は、この日の審議会で『財源確保につながる』と指摘。欧州連合が26年から環境対策が緩い国からの輸入品に課税する『国境炭素税』を本格導入する予定で、日本も対応を迫られることから、『国益にかなう』とも強調した」

「ただ、エネルギー価格が高騰する中、経済産業省は企業や家計の負担増になると導入に慎重だ。政権が6月にまとめる脱炭素に向けた『クリーンエネルギー戦略』で、どこまで反映されるかは不透明だ」

温暖化対策税の3割は使い道見つからず財務省に

この記事は、環境省担当の記者が書いたもので、読売新聞が3月はじめに、環境省が炭素税の導入を目指して審議会を動かすという前触れ記事を書いたものを引き継いだものです。読売の記事は、「岸田総理の総合的な地球温暖化対策の検討を」との意向を受けて経済産業省と環境省が審議会の中に有識者会議を設置し、3月から議論を始めたことからその前触れを記事にしたものです。

朝日の記事では、「同様な税制に2012年に導入された石炭やガス、石油に課税する『地球温暖化対策税』があるが、CO2 1トンあたりの税金は289円と、同約5500円のフランスなど欧州と比べ低い。税率の引き上げが検討課題となる」と書いています。

世界の潮流になっている炭素税が日本の場合、安すぎるので効果がない。そこで欧米並みに引き上げるべきだという考えが、記者の頭にあるようです。でも、現在の地球温暖化対策税による税収が3,000億円以上あり、環境省は1,500億円を特別会計に計上していながら、使い道を探すことができず、毎年3割ものお金を財務省に返還しています。この実態を記者たちは知っているのでしょうか。

日本ではガソリンは安いが、ガスと電気は高い

そこで、エネルギーの値段をガソリン、ガス、石炭、電気といった品目ごとにみると、品目によって随分違うことがわかると思います(2021年の政府資料。為替レートは1ドル109円、1ユーロ125円で換算)。


政府の2021年での試算
環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第3回 配布資料より

例えば、ガソリンは、日本は二酸化炭素排出量1トン当たり、6万2800円。米国の3万500円に比べると、相当高いが、逆にドイツの7万7400円、フランスの8万600円、英国の7万5800円に比べると安くなっています。米国を別にして、これは、本体価格は欧州の国とほとんど変わらないが、消費税とエネルギー税が欧州諸国に比べて低いことがわかります。しかし、今回遡上にのぼっている炭素税を見ると、ドイツと英国はないことがわかります。その構成は、軽油も同じです。


政府の2021年での試算
環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第3回 配布資料より

次に灯油(非商用=家庭用)のグラフを見ると、日本はドイツ、英国とほぼ同額、フランスが高くなっています。こちらもフランスを除き、炭素税は導入されていません。日本では炭素税は、温暖化対策税の名目で、石油1トン当たり289円かけられています。それに相当するのはフランスの炭素税5,500円だけです。もちろん、欧州の中にはノルウェー、スウェーデンのように高い炭素税をかけている国がありますが、経済規模が日本とまるで違います。朝日新聞は、日本とフランスだけを比べて、日本の炭素税が安すぎるといいますが、現実は相当違います。


政府の2021年での試算
環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第3回 配布資料より

また、天然ガスの家庭用を見ると、日本は7万200円と、他の国に比べて非常に高いことがわかります。本体価格がすごく高い。反対に産業用の天然ガスの価格を見ると、日本は2万8400円と安く、家庭用の約4割に抑えられています。

単純に比較できない実態

これは、産業活動を阻害しないようにとの政府の考えで、政策的に抑えられていることによるものですが、この傾向は欧米でも同じです。ただ、ドイツの産業用と家庭用の価格差が2万8800円なのに対し、日本は4万1800円もの差があり、日本の方がドイツに比べて2倍近く家庭に負担させていることがわかります。


政府の2021年での試算
環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第3回 配布資料より

電力の1メガキロワット時当たりの電力価格を比較すると、日本は米国、英国、フランスよりは高く、ドイツより低いことがわかります。家庭用電力価格を日本とドイツとで比べると、日本の3万600円に対し、ドイツは3万4100円。この差は、FIT(固定価格買取制度)の付加金の差といってよいでしょう。

再生可能エネルギーを普及させるために再生可能エネルギー業者への補助金に回っています。あまりの国民負担の重さにドイツではこれをなくそうとしており、日本もいつまでも残すような制度ではないでしょう。フランスは原発が主体でもともと本来価格が低く、それに炭素税とFITをかけて英国とほぼ同額にしているようです。

炭素税の効果には、エネルギーの値段が高くすることで消費を抑える効果と、税収を省エネや新しいエネルギー源開発などに使い、カーボンニュートラル社会実現を促進するという二つの役割があります。環境省の委託でコンサルタント会社が、温暖化対策税の効果について、前の2つに分けてそれぞれどれだけ二酸化炭素が削減できたか試算しています。

炭素税 化石燃料使用の抑制効果はほとんどなし

結果は、税収を温暖化対策につぎ込むことによる効果が大半で、値段を高くしたことによる抑制効果はさほどないとの結論になっています。いま、ウクライナへのロシアの侵攻で、原油価格や天然ガス価格が高騰し、さらに米国の利上げで円安が進行と、日本はダブルパンチを受けています。政府はガソリン1リットル当たり35円の補助金を出しています。これで、ガソリン価格の急上昇がある程度抑えられていますが、月刊誌「選択」(6月号)の記事は、補助金は石油協会に入り、ガソリンスタンド経営者らを潤わせ、25円の補助金で148円に下がるはずだと書かれています。現在は、35円の補助金が出ていますから、もっと下がってもいいはずだとなるかもしれません。

地球温暖化対策税によって、いま、環境省には年間1,500億円の税金が入り、特別会計予算として、化石燃料の削減につながる事業に補助金を出しています。

ところが、この予算は、毎年消化されず、毎年3割が使われずにいます。先の欧米との比較や、現在の地球温暖化対策税が有効に使われているのか、しっかり検証しないと、ただの増税に終わり、国民に負担がかかるだけに終わってしまうかもしれません。

炭素税導入で動いた事務次官が勇退

環境省では、2年前に財務省から来た中井徳太郎氏が事務次官に就任しました。財務省からは定期的に環境省に官僚が送り込まれ、環境省のプロパーと財務官僚とが、代わる代わる事務次官に就任しています。環境庁から環境省に昇格して20年以上になるのに、いまだにこんな人事が続いているということが環境省の人材不足を露呈しています。

事務次官になった中井氏が力を入れたのは、地域循環共生圏の推進と炭素税の実現化でした。特に炭素税は、以前から産業界が反対し、従って産業界をバックに経産省も乗ってこないという状況が続いてきました。環境省は審議会を動かして炭素税の必要性を力説しますが、ひ弱な官庁単独でやれるものではありません。

中井氏は、東日本大震災の後、環境省に異動し、重要なポストを歩き、財務省を味方につけ、炭素税実現の筋道をつける役割を担っていたようです。事務次官になると、財務省で租税畑を歩んできた後輩を環境省の官房長に据え、体制を整えました。この春から事務次官人事の動向が省内で話題になり始めました。6月で丸2年を迎える中井氏は、普通なら勇退し、環境省のプロパー、または後輩の官房長に譲るのか。それとももう1年やって、炭素税の筋道をつけるか。

税制の要望は毎年暮れに行われ、各省と与党の了解を得ることができれば、税制要望に炭素税が加わり、実現に向けて大きな一歩となります。
結局、中井氏は勇退の道を選びました。そして、後任に環境プロパーの技官、和田篤也氏を指名しました。

ある意味では順当な人事だったとも言えますが、ここに、環境省が主導して炭素税を実現するという思惑がはずれてしまったことがあるようです。ある関係者はこう言います。「中井さん一人ががんばってもどうにもならない状況となり、通常人事となったようだ」。どうにもならない状況とは?

経済産業省と環境省の関係

炭素税の出発点に立つ地球温暖化税が創設されたのは2012年のことです。この時には、炭素税に熱心な環境省が経済産業省を説得、嫌がる産業界を経産省がなだめ、導入が決まりました。その税収は経産省と環境省が折半し、環境省の2020年度予算は1,700億円を継承しています。しかし、それ以上の高い税率にしようと考える環境省と、否定する経産省の対立がずっと続いています。

この8月、環境省と経産省でおもしろい人事がありました。大臣です。環境大臣に就任した西村明宏氏は、福岡県北九州市生まれで、福岡県立小倉高等学校から早稲田大学の大学院を出て三塚博衆議院議員の政策秘書になりました。引退した三塚氏から後継指名を受けて2003年11月の衆議院総選挙で宮城3区から出馬し、初当選。現在6期目です。復興副大臣などを経験していますが、入閣は初めてです。

西村氏は、安倍派の幹部ですが、同じ安倍派幹部の西村康稔(やすとし)氏との確執を週刊誌でおもしろおかしく書かれています。康稔氏は兵庫県出身で灘高校から東大法学部。さらに経産省に入り、国会議員だった吹田幌氏の女婿です。2019年の第4次安倍第2次改造内閣で、経済再生担当大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)に就任し、2020年からは新型コロナウイルス対策担当大臣も兼務し、毎日のようにテレビに顔を出していました。その西村氏が今回、経産大臣に就任しました。

ライバル

安倍元首相が凶弾に倒れた後、安倍派の跡目相続を巡って、幹部らで確執が起こります。西村康稔氏は、安倍氏の妻の昭恵さんにぴったりつき、采配し始めたので、それに他の幹部たちがやめさせたということが週刊誌などに書かれています。その中に西村明宏氏もいました。

この2人の系譜を見ると、20年以上前、安倍氏のお父さんの安倍晋太郎氏の後継をめぐって、西村明宏氏が秘書として使えた三塚博氏と、西村康稔の義理の父の吹田氏が肩入れする加藤六月氏が争いました。

結果は、三塚氏の勝ちで、加藤氏は除名され悲運な運命をたどります。吹田氏もその後、自民党を離党してしまいます。三塚氏は、安倍晋太郎氏の後継者として三塚派を名乗りますが、やがて森喜朗氏がその座を奪い、清和会として安倍晋三氏に受け継がれます。

だから、両西村氏は、出自からも相性があうわけがないのです。しかし、政策ではどうか。西村明宏氏は、原子力発電の推進者ですから、むしろ経産大臣の方が向いているとも見えますが、初入閣なので環境大臣を指名されたのでしょう。この二人が顔を合わせる場が設定されました。内閣官房が主催し、岸田首相が議長を務めるGX実行会議でした。

以下、(下)に続く。

参考:環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第3回

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この記事を書いた人

朝日新聞記者を経て、フリージャーナリスト。廃棄物、自然保護、地球環境、公害など、環境の各分野に精通する。著書に『ルポ にっぽんのごみ』(岩波書店)『ディーゼル車に未来はあるかー排ガス偽装とPM2・5の脅威』(同、共著)、『環境省の大罪』(PHP研究所)、『赤い土(フェロシルト) なぜ企業犯罪は繰り返されたのか』(風媒社)、『社会を変えた情報公開―ドキュメント・市民オンブズマン』(花伝社)など多数。NPO法人未来舎代表理事として、政策提言や講演会などをしている。

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