プラスチック社会を見つめ直す動きが強まっています。企業も市民も行政も無駄なプラスチックの使用を減らし、リサイクルを進めようとしています。そんな社会にむけて活動する人たちのインタビューシリーズを始めます。
京都大学大学院地球環境堂准教授の浅利美鈴さんは、ごみを大きな研究テーマとして研究している。ごみから見た社会や暮らしのあり方を提案し、学生とともに大学をフィールドにしたエコキャンパス化にも熱心な、行動する学者だ。その浅利さんのテーマの一つがプラスチック問題。製造する側の企業と消費者の共創で無駄なプラスチックを削減し、よりよい社会の実現を目指す。浅利さんの目に移るプラスチック社会と、あるべき姿を語ってもらった。
聞き手 ジャーナリスト 杉本裕明
海洋生物の被害がクローズアップ
――マイクロプラスチックによる世界的な海洋汚染が大きな問題に浮上したのをきっかけに、あれよあれよという間に、世界各国が、使い捨てプラスチックの削減やリサイクルに大々的に取り組むことになり、プラスチックの世界が大きく変わろうとしています。
浅利「この数年前からのことなんですね。プラスチックはごみの中でも特にやっかいな存在で、以前からプラスチック問題が潜在的に存在していました。そこで国も使い捨てプラスチック問題に容器包装リサイクル法を制定し、ペットボトルの回収・リサイクル(1997年)、その他の容器包装プラスチックの回収・リサイクル(2000年)と対応しましたが、それでも、プラスチックごみにスポットライトが、ここまであたることはありませんでした。レジ袋を減らすためにスーパーと自治体、住民団体が協定を結び削減を目指す動きもありましたが、それでもプラスチックを製造している『ものづくりの現場』に影響を及ぼすことにはなりませんでした。海洋ごみは、10年前ぐらい前から論文が出て話題となり始めましたが、大きな問題になり、世界がぐっと動き始めたなと感じています」
――海洋生物がクローズアップされましたね。
浅利「はい。海洋生物の汚染がクローズアップされ、プラスチックのストローが鼻に刺さったウミガメが大きく報道され、リーチの範囲が広がりました。これまでごみというと、まじめな人がこつこつ取り組むというイメージですが、マリンスポーツの人とか、子どもから大人までいろんな人が関心を持つようになりました。幅広い、様々な人たちが運動に参加するようになりました」
京都大学准教授 浅利美鈴さん
杉本裕明氏撮影 転載禁止
――浅利さんは、環境教育が専門で、子どもたちにごみ問題やSDGsの授業をしたりしていますが、子どもの頃から環境問題に関心があったのですか。
浅利「京都は、もともと、もったいない精神やものを大切にする文化が根付いた地域で、私も京都人である母や周囲の人々から教えられて育ちました。小学校の時に水の作文コンクールに応募し、受賞したのをきっかけに節水を意識するようになったり、中学では、マイケル・ジャクソンなど著名人たちのアフリカの飢餓と貧困の撲滅キャンペーン『We are the World』に感動して、募金活動やボランティア活動を始めたりしていました」
高月教授のもとでごみを400種類の分類
――京都大学に入学してから、高月紘教授(当時、現名誉教授)が続けてこられた京都市の家庭ごみの細組成調査に参加しておられます。
浅利「私が京都大学工学部地球工学科に入学した96年は、ちょうど工学部の組織改編があった年です。地球工学科には、環境保全研究で知られる高月紘教授(現名誉教授)と酒井伸一教授(同)がおられ、そのもとで学びました。中でも高月先生が京都市で1980年からやっておられたのが、家庭ごみの細組成調査でした。市内の異なる特性を持つ地域を対象に各約100世帯分の家庭ごみを採取し、素材や使途別に400種類程度に分類した上で組成の特徴や経年変化を調べます」
――全国の自治体も組成調査を毎年やっていますが、大まかな品目を調べるだけですね。
浅利「例えば、プラスチック容器包装の分別実施率を見ると、カップやトレーは6割程度分別されていますが、袋やシートは3割弱。燃えるごみに含まれるプラスチックごみの9割が容器・包装材。一層の分別が必要なことがわかります。得られたデータをもとに、ごみの削減やリサイクルの政策提言をしてきましたが、私は、高月先生の研究室に配属された1999年から20年以上参加しています」
――大学に入った1996年というと、地球温暖化問題がホットな時期ですね。
浅利「京都市で、翌97年にはCOP3(第3回気候変動締約国会議)が開かれています。そんな中で、私も環境問題をやりたいと、大学を選んだ若者の一人です。組織改編で地球工学科が生まれたのはいいのですが、大学自体を見ると、ごみの分別はされておらず、ごみ箱の種類も不十分でした。不夜城のように研究棟は一晩中電気がつき、水も使いたい放題といった状態でした。
京都大学にISO14001を取らせたい
――研究者の認識が甘かった。
浅利「こうしたことを目の当たりにして、ショックを受けていた頃、ちょうどISO14001がはやっていたのですね。市内にある京都精華大学が、大学全体としてこのISO14001を取得していたんです。学部としては信州大学なんかが取得していましたが、大学全体としては国内第1号だったんです。それを新聞で知って、京大はなんたることかと思ったのです」
――当時はどの大学もそんな状況でしたね。
浅利「研究といいながら、足もとがおかしいと感じた私は、クラスのみんなに呼びかけて、大学を変えていこうと、グループをたちあげました。3回生の終わり頃、京大ゴミ部を設立し、ISO14001を取得する運動を始めたのです。取るためには、ちゃんと分別し、計量してと、導入のための手順をまとめて提言しました。大学側からは『なかなかしんどい』と言われましたが、ちょうど、工学研究科が桂キャンパスに移転する時期だったので、その移転地なら取れるかもしれないと。移転される先生方と連携し、環境に関係するPDCAサイクルを回したりしました。結果的には取得できなかったのですが、ごみ量とかエネルギー消費量とかをモニタリングしたり、仕組みづくりにつながっていきました」
――研究者たちの反応はどうでしたか?
浅利「最初は、調査の過程で、自分の研究のこと以外は考えないという先生も多く、「研究は聖域なんだから、そこに省エネなんか持ち込むな」と言われたり、かなり冷たくあしらわれました。そこで、学内だけでなく、学外の人たちも巻き込もうと考えました。それが、環境教育に進んだきっかけになっています。現在、地球環境学堂では、小中学校に出かけてごみ問題やSDGsの授業をしたり、過疎化に苦しんでいる京都北部山間地域の地域創生のため、廃校になった校舎を利用しての活動に参加したりしています。
消費者に比べて鈍かった製造者
――ごみ問題に戻ります。プラスチックごみにスポットライトがあたり始めていますが、これまでは、ごみの清掃をしたり、買い物袋をつかったりとか、消費者による活動はありましたが、上流の製造者側の認識は乏しかったように思います。ごみになりにくいものを造るとか、リサイクルしやすいものを造るとか。
浅利「私はごみ問題を、一つのライフワークとしていますが、上流側の動きが鈍かったと思います。しかし、それが、ここ数年で変わってきていると感じます」
――造る側の姿勢が変わってきていると。
浅利「ポーズといったら語弊がありますが、ものすごく変わっています。商品をつくる側、つまり上流側と見ると、使う消費者に近い消費財メーカーや小売業の動きが早い。これまでと比べても明らかに変化が見られます。私たち消費者の声に耳を傾け、商品やサービスを変えようとしています。かつてはプラ問題のことを言うと、『プラゼロなんてけしからん』という反応だったのが、今は『話を聞こう』に変わりました。もちろん、一押しふた押しが必要でしょうけど」
――下流側はどうですか?
浅利「研究者の立場でいうと、ごみとしての下流側の情報はかなりあると思っていますし、蓄積もされてきました。ところが、上流側の情報があまりない。いまは、持続可能なプラスチックの利用が求められているステージだと思います。そこに向けて造る側の方々と一緒に、上流と下流が一体となって議論する時代を迎えていると感じています。
世界をリードするEU(欧州連合)
――プラスチック問題への対応では、EU(欧州連合)が先行していますね。プラスチック戦略、サーキュラーエコノミー、使い捨て容器包装を減らし、再生材を30%義務づける法的措置など、これを機に新たな産業を造りだそうとしています。
浅利「欧州が牽引し、米国、カナダもそうです。さらにアジア、アフリカの国々も様々な取り組みが見られます。ケニアがレジ袋を禁止し、インドも厳しい規制をしています。それだけ環境問題が逼迫していることもあるのでしょう。日本は、EUなどの先進国と途上国に両バサミ状態になっているともいえます」
――日本も動き出しました。
浅利「こうした中で日本も動き出しています。レジ袋の有料化義務化に対し、一般の評価は、プラスチック全体の2%にすぎないとか言われて、評価が辛いじゃないですか。しかし、粘り強くやっていると思います。これから牽引していくことを期待したいですね」
気合だけでは分別は限界か
――日本では、家庭からの排出時に細かい分別をしていると言われています。他の国では、もっと粗い選別ですが、例えばドイツなどでは高度な機械選別でプラスチックを素材別に分け、高度な再生原料を造ろうとしています。EUの都市ごみのリサイクル率は約40%。ドイツは60%超え。日本では、家庭ごみなど一般廃棄物のリサイクル率は20%程度と10年以上横ばいが続き、大きな差をつけられています。
浅利「やはり、いまの気合で集める方法に限界がきているんでしょうね。住民が疲れてきています。分ける仕組みを造り、『とにかくみなさん、頑張ってください』、と声をかけてやってきましたが、かなり限界があります。欧州は、まずはあまり分けなくても集めますと。それが良いか悪いかは別にして、機械選別。日本は『分ける民族』。どちらがいいか、わかりませんし、日本の仕組みが間違っているとは思いません。しかし、うまく使い切れていないから、のびないんでしょうね。いま、行動様式を研究対象にしていくという動きがでてきているので、そこに延びる余地があるかもしれません」
――地域によっても、リサイクル率は随分違う。
浅利「京都市とか大阪市とかを見ていても、地域によってだいぶ差があります。分別ができている地域は何が違うのか、丁寧に見る必要があると思います。京都の中でも、自治会長さんがしっかりしているとか、みんなで声かけあっているとか、基本的なところでの違いが影響しています。いま、企業が使い終わってプラスチック製品を自主回収しようとしているなら、もう少しインセンティブの働く仕組みを見直して行く必要があるだろうと思います」
一括回収と分別の是非
――国は、自治体に容器包装プラスチックと製品プラスチックを一括回収させたいと思っています。
浅利「これを定めたプラスチック資源循環促進法が2022年4月に施行されますが、どういう一括回収になるかとか、個別回収がどのようになるかということとか、まだ見えてきません。ドイツなどのように、プラスチックごみは一括回収し、あとは機械選別しますという考え方もあると思いますが、メーカーによる個別回収の余地がどれぐらいあるかも考えなければなりません。例えばエフピコのトレーの回収が有名ですが、あのようなことがどれだけ広がるかと注目しています。例えば、花王とライオンが企業の壁を超えて共同で回収・リサイクルしようとしており、まさに模索が始まっているところです」
―― 一括回収は重要かもしれませんが、全国の自治体の3分の1は、いまだに容器包装プラスチックの分別回収をしていません。
浅利「財政的な理由があるのでしょうが、単純にはいかない、『複雑方程式』だと思います。これから焼却自体がどうなっていくのか、自治体が維持するのが難しくなってくる時代のなかで、気になります。リサイクルを進めてもどうしても燃やすしかないごみは残るから、焼却炉はゼロにはできません。財政を考えれば、ある程度、広域的、効率的に集めて資源化できるところに集約しなければいけないと思います。広域的にやっても自治体の処理責任はずっとついて回りますから、みんなで痛み分けしうまく活用しなければなりません」
――民間事業者に処理を委託する自治体が増えています。
浅利「あってもよいとは思いますが、全部そうなると、プラスチックも民間となります。自治体の首長、担当が自治体の責務をどう考えていくかが大事だと思いますが、自治体の首長さんによって、温度差がすごくある。例えば焼却施設の設置や、分別収集にお金がかかるので、自区内(地域内)処理とか、自治体の処理責任に認識の薄い自治体さんなら、民間にお願いしてしまうかもしれません。その時は安くすむかもしれませんが、あとで処理料金が高くなったり、処理を引き受けてくれないとも限りません。自治体でしっかりやろうというなら、そこを国がどう支援するかだと思います」
(続く)
浅利美鈴(あさり・みすず)
地球環境学堂准教授。学生時代に「京大ゴミ部」を創設。「ごみ」をテーマに、ごみから見た社会や暮らしのあり方を提案。「3R・低炭素社会検定」の事務局長や「京都超SDGsコンソーシアム」世話役を務める。災害廃棄物の処理にかかわる研究調査も続けている。
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