COP26が11月にイギリスで開催され、各国の首脳陣が気候変動対策を発表した。2040年までにガソリン車の新車販売を停止し、全てゼロエミッション(排出ゼロ)車とすることに24カ国が合意するなど、脱炭素化の流れはさらに加速することが予想される。日本も、菅前総理が掲げた「2050年カーボンニュートラル」に向けて、引き続き実現に向けて注力すると岸田総理が明言している。
「脱炭素化」への一つの手段として、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が挙げられる。日本においても、屋上に太陽光発電パネルが載った住宅や、森林に設置されたメガソーラーなどを目にすることも多い。しかし、太陽光発電施設の設置に伴うメリットの部分だけでなく、デメリットの部分もしっかり議論されているのだろうか。
このほど、国立環境研究所から「太陽光発電施設による土地改変」と題した論文が発表された。この論文は、それまで太陽光発電施設が建設された箇所の分布や規模をまとめている。また、太陽光発電施設を一種の生態系として捉えた数理モデルを構築し、パネルが設置されやすい箇所を“習性”として捉え、今後の予測も行っている。
その研究チームの一人で、生態系に関して長年研究してきた西廣淳室長に、太陽光発電施設建設により何が起こるのか、また、自然の目に見えない恩恵、グリーンインフラの重要性まで話を聞いた。
土地改変の面積は229平方キロメートルに及ぶ
今回の調査では、衛星画像や航空機写真を活用し、日本と韓国の0.5MW以上の発電能力を持つ全ての太陽光発電施設を対象として、ソーラーパネルと付随施設の範囲を地図化した。その結果、日本では0.5MW以上の発電容量をもつ太陽光発電施設は8,725施設あり、改変面積は229平方キロメートルに及ぶことが分かった。その中でも最も失われた生態系は人工林で、次いで、人工草原、畑、水田が続く。全体の66.36%は、10MW未満の中規模施設だった。
また、国立公園などの自然保護区でも、合計1,027施設が建設されており、約35平方キロメートルの土地が改変されていたことが分かった。
建設されやすい条件として、土地被覆だけでなく、地形の傾斜、日当たりのよさ、標高が低いこと、人口密度が高いことなどの“習性”が認められた。今後、この習性を維持したまま、全体の施設面積が2倍になった場合、自然保護区での建設は2.66倍に増えることも予測された。ただ、設置場所を自然保護区から都市への建設に誘導することができれば、樹林や農地の損失面積を1.3~3.5%抑制できることも分かった。
参考:国立環境研究所 太陽光発電施設による土地改変 – 8,725施設の範囲を地図化、設置場所の特徴を明らかに
この調査の背景について、まず西廣氏に尋ねた。
設置前にまず何が失われるのか知ることが重要
国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動適応センター室長の西廣 淳氏
写真提供:西廣氏
――今回の調査に至った背景について、どのようなものがありましたか。
まず、現在深刻化している環境問題には、気候変動だけでなく、生物多様性の損失など複数の課題があることを認識する必要があります。気候変動は深刻な課題であり、その対策として再生可能エネルギーへの転換は重要です。同時に、私たちの生活の安全や健康、文化を支える自然環境も、過去から続くさまざまな開発で大きく失われています。
環境問題対策への対立は、なるべく回避することが大切です。目的の異なる取り組みや価値観の異なる人の間での議論では、1か0かではなく、どの程度の影響が生じているのか、定量的な評価の結果を踏まえないと良い方向には進みません。
太陽光発電施設が自然環境を大きく改変しつつあることは、多くの人が認識し始めています。今後の建設的な議論のため、まずは現在生じつつある影響を定量化する必要があると考え、今回の調査を行いました。土地改変が行われた面積や、場所の特性などを明示しています。
――大規模なソーラーパネルの建設だと住民説明会を行った後に中止になるケースも多いですよね。
ええ。ただ、今回の調査結果を見てもらえれば分かると思うのですが、環境アセスメントの対象にならない30MW未満の中規模な太陽光発電施設が、今回調査対象とした施設(0.5MW以上規模)全体の建設面積のうち、約83%に当たることが分かりました。自治体が条例などで義務付けていない限り、近隣住民が知らないうちに太陽光発電施設がどんどん建設されてしまう可能性があります。
――建設が増えている要因についてはどのようなものが考えられますか。
国が太陽光発電施設を積極的に導入することを進めており、優遇措置も設けていますので、経済的なインセンティブがあることは大きいでしょう。また、土地所有者側の事情として、農地が維持できなかったり、後継ぎがいなかったりするなどのタイミングで農業から撤退し、新たな収益源として太陽光発電施設を設置するケースもあるようです。
建設すること自体は、それぞれの人の価値観が関わる課題ですので、科学の立場からは賛成・反対を述べるものではありません。ただ、きちんとデメリットの部分を理解してから建設しているのかという疑問は残ります。何百年何千年と培われてきた土壌や水の循環が損なわれていることに対して、きちんと目を向けられているのだろうか、と。建設の仕方にもよりますが、山を削ったり谷を埋めたりして建設した場合、社会情勢が変化してソーラー施設が撤退しても、元の地形・土壌・水循環を取り戻すには途方もない年月がかかります。実質的には不可逆な改変と言ってもいいでしょう。そうしたことをきちんと周知する必要性を強く感じます。まずは、失われる側面に目を向けることが重要だと思うのです。
太陽光発電施設を生物と仮定することで“住処”を予測
写真提供:西廣氏
――調査では、設置されやすい場所まで特定できていますね。
私たちの研究では、生物の分布を説明する際に、数理モデルを構築するのはよくやる手法なのです。例えばカエルだと、生息している環境の特徴を数多く調べて、次に生息していない環境についても調べます。そこから、斜面・方位、降水量・気温などを説明変数にしてカエルの分布を記述します。今回は、それと同じ手法を駆使して、ソーラーパネルを“生物”とみなし、どういった場所を好んで“生息”するか調べることで、建設されやすい場所の予測地図を作りました。
――どのような特徴がありましたか。
日当たりのよさ、標高が低いこと、人口密度が高いことなどの影響が強く見られました。ほかに、太陽光発電施設は、茨城県南部や千葉県に多く設置されていたのですが、それは地形が割と平坦だからです。急な斜面には建設されずに、平らな大地を好んで“生息”するようですね。送電コストも比較的安く、農地や樹林地も多いので、太陽光発電施設が建設されやすいようです。
――②に続く。
西廣淳(にしひろ・じゅん)
1971年、千葉県生まれ。博士(理学)。1999年筑波大学大学院博士課程修了。建設省土木研究所、国土交通省国土技術政策総合研究所、東京大学大学院農学生命科学研究科、東邦大学理学部を経て、2019年より国立環境研究所気候変動適応センター。2020年度より同センター室長。専門は植物生態学・保全生態学。日本生態学会理事。日本自然保護協会理事。
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