私たちが日々捨てるものは、ごみ処理施設へ運ばれ、そこで適切に処理されています。 ごみ処理施設は、そういった処理だけではなく、実は日本の環境学習に大いに役立っている施設でもあることをご存じでしょうか。
日本のごみ処理施設が、どのような役割を果たし、どういった重要性があるのか、大阪産業大学デザイン工学部環境理工学科の花嶋温子准教授にお伺いしました。
循環型社会の構築に重要なごみ処理施設と環境学習施設
――花嶋先生は、循環型社会や脱炭素社会の構築とごみ処理施設の関係について研究されているとお伺いしています。循環型社会や脱炭素社会の構築とごみ処理施設は、どのような関係にあるのでしょうか。
環境問題は、廃棄物から生物多様性などさまざまなテーマがありますが、これらを解決するカギの一つはごみ処理施設が握っている、と私は考えています。
これまで、日本の社会教育の場を担ってきた施設は、図書館や公民館でした。しかし、人口減少局面において、図書館はどこも資金不足に追いやられ、公民館は縮小傾向にあります。 各自治体に、環境教育の機会や温暖化対策の組織もありますが、固定の場所を持って活動されているところは、あまり見受けられません。
そんな状況の中、これからも深刻化するだろう環境問題に関する情報を発信、議論する場は、どのような施設が担うのか。 その可能性をもっているのがごみ処理施設です。
大阪産業大学デザイン工学部環境理工学科の花嶋温子准教授。
ごみ処理施設のほとんどは、環境学習施設が附設され、資源の循環や環境問題に関する情報を多く発信しています。 また、ごみというものが一般の人にも伝えやすいジャンルであることも、ごみ処理施設がそういった場として適切である理由の1つです。 例えば、二酸化炭素の排出が気候変動に関係していると説明しても、目に見えない部分であり、なかなか実感が湧くものではありません。 それに対し、ごみは生活の中で、必ず目にして、全員が関わるものだからイメージしやすい。ごみがもたらす問題を理解してもらえれば、二酸化炭素や気候変動の話にもつなげやすく、環境学習の入門という意味でも適切です。 そして、どこの地域にもごみ処理施設は必ず存在していることから、環境学習の拠点としてまさにうってつけと言えます。
また、今後のごみ処理施設は、環境省によって「地域に多面的価値を創造する」ことが求められています。ごみの処理だけでなく環境学習の場や災害の避難施設、地域のコミュニティの核として多面的な役割分担が求められているのです。 ごみ処理施設は各地方自治体によって運営されていますが、他の自治体と協力することは珍しく、お互いの活動成果を共有することもあまりありません。 だから、お互いの取り組みを共有して、積極的に良い部分を取り入れることができれば、全体的にレベルアップできるはずです。 これを実現するために「環境教育施設を考える会」というネットワークを2016年に始め、現在は、廃棄物資源循環学会の環境学習施設研究部会として活動しています。
日本の環境意識を底上げするごみ処理施設の環境学習施設
――実際に、ごみ処理施設の環境学習によって、どのような効果が期待できるのでしょうか。
日本人の中に、ごみの分別という意識が浸透していることは、長年の環境部局の啓発活動とともにごみ処理施設の存在が大きいと思います。 10年前、全国のごみ処理施設に向けてアンケートを実施したことがあるのですが、そのときの回答率は94%と高く、見学者数を集計したら年間で128万人がごみ処理施設を見学しているという結果でした。日本では毎年、これだけ多くの人がごみ処理施設を訪れているのです。
日本の環境学習のルーツを調べると、多くの文献に自然保護教育と公害教育が源流になっていると記載されていますが、これらが始まったよりずっと前からごみ減量の啓発として、ごみ処理施設の見学が始まっています。 1980年から施行された学習指導要領に、小学4年生の子どもたちに対し、ごみ処理施設などが社会のなかで果たす役割を教育するよう記載され、それは現在まで続いています。 そのため日本では、ごみ処理施設に環境学習施設が附設されていることがほとんどで、51才以下の方なら多くがごみ処理施設を見学した経験があるという、世界的にはちょっと不思議な国なのです。
51才というのは、1980年に学習指導要領が変わったとき、小学4年生だった子どもたちです。これは日本の中枢を担う層の人々であり、議員になった方、教師になった方、会社の経営者になった方、誰でも一度はごみ処理施設を見学したことがある、ということになります。
さらに、自治体によっては、より多くの人に見学してもらう独自の取り組みを行っていることもあります。 例えば、開館時間中ならいつでも自由に見学できるケースや、ごみ処理施設のなかでお酒を飲めるという大人向けのもの(新型コロナウイルス感染拡大前)もあって、小学4年生だけでなく、一般の方も見学にも興味を持ってもらえる工夫が行われています。 また、ある自治体では、小学4年生でも特別支援学校の生徒さんには内容が難しいこともあるため、理解できる年齢になるまで待って見学を実施し、最終的に一人も残さず全員に見学してもらって、ごみ処理の意義を伝える、という取り組みもありました。
昨今注目されているSDGsも「誰一人取り残さない」ということを掲げていますが、ごみ処理施設の見学は、まさにそれをずっと以前から実践しています。 ただごみを削減しろと強制するのではなく、全員に理解してもらって、全員に考えてもらいながら、ライフスタイルを変えてもらおうと取り組んでいます。 一見遠回りをしているような、効率の悪さがあるのかもしれませんが、愚直なまでに王道な方法で粛々と全員に伝えている。 これを毎年続けていることは、循環型社会の形成に対する、日本人の意識に大きな影響を与えているだろうと思います。
誰一人取り残さずに、全員に理解してもらって、ライフスタイルを変更する。これは、地球温暖化防止対策にも通じます。今後の社会にとってごみ処理施設の環境学習施設はさらに重要な役割を担えるはずです。 しかし、すべてのごみ処理施設が現状でこの重要な任務を果たしているとは言えず、その能力を活かすお手伝いがしたいと思っています。
他にも、ごみ処理施設の運営について、課題があります。それは指定管理者制度の現状です。 指定管理者制度とは、2003年から始まった仕組みで、それまでは地方自治体が作った公の施設は公務員が管理するか、公共が出資した団体に委託して運営する決まりでしたが、民間事業者も指定を受けて管理できるように変わりました。 指定管理者制度を用いて、民間の活力によって、ごみ処理施設の環境学習施設が改善され、利益をもたらしたり、目立たなかった施設に光が当たったり、さまざまなメリットがありますが、雇用に関する問題点があるように思えます。
まず、指定管理者は3~5年で次の事業者に切り替わる可能性があり、働く人からすると雇用が安定しない点です。 もう1つは、指定管理者によってごみ処理施設が改善され、見学者が増えたとしても、自治体から「次の年は予算を下げられるよう改善してほしい」と注文があること。 これは、どちらも指定管理者のモチベーションが上がりにくい仕組みで、長い目で見たらごみ処理施設のレベルアップを妨げることになります。
こうした現象が起こる原因は、教育や文化は明確な成果を把握することが難しく、効果がわかりにくいことだと考えられます。 改善するには、指定管理者による成果を明確化する仕組みが必要なので、その点についても何かしら取り組んで貢献できたらいいなと思っています。
ごみ処理施設や環境学習施設に注目してもらう取り組み
――先生はごみ処理施設やそれに附設される環境学習施設を広める活動を行われていると伺っています。具体的には、どのような活動を行われてきたのでしょうか。
2018年から友人と2人のユニットで、ごみ供養「御美印帖」というものを始めました。これは、当時流行っていた御朱印帖にあやかって、関西のごみ処理施設を巡るスタンプラリーのようなものです。 これは、スタンプラリーの面白さを保ちつつ、ごみ供養の心を伝えるメッセージを含んでいます。 そこでモノが命を終えていくこと。モノに感謝する気持ち。モノを無駄にしていないか顧みる。「御美印帖」を通して、そんなことを考えてもらえたら、というコンセプトです。
御朱印帖にあやかった「御美印帖」はスタンプラリーの楽しみを保ちつつ、ごみ供養の心を伝えている。
また、関西の多くのごみが行き着く先は「大阪湾フェニックス」という大阪湾にある埋立処分場で、2府4県168自治体が使用していますが、その存在はあまり知られていません。 関西においても、東京の「夢の島」より認知度が低いのです。大阪湾を少しずつ埋め立てるという方法は、決して持続可能な方法とは言えず、「御美印帖」を通してごみの行く末を考えてもらいたい、と思います。
こうした取り組みでは「説教臭さ」を抑えつつ肝心なメッセージは維持する、そのバランスが重要だと私は考えています。関西では賛同してくれる施設が多いことに、本当に助かっています。 以前も、ごみ処理施設のイメージアップを目的に、施設をバックにしてAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を施設で働く人たちと一緒に踊る、というプロジェクトを行ったのですが、関西の9自治体10施設が活動に賛同し、参加してくれました。二本目の「心のプラカード」には大阪湾フェニックスと9自治体の10施設が参加してくれました。
ごみ処理施設のイメージアップを目的にAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を踊ったプロジェクト。
第2弾は「心のプラカード」を踊っている。
ごみ供養御美印帖も恋するフォーチュンクッキーも、お遊びのように見えるかもしれませんが、ルーツとしてはごみについて改めて考えてほしいという気持ちがあります。 ごみ供養「御美印帖」は、新型コロナウイルスの感染拡大によって中断されていますが、落ち着いたら再開したいです。
他にも、2017年から「天神祭ごみゼロ大作戦」を行っています。 これは大阪天満宮を中心として行われる天神祭で露店の多い地域から出たごみの分別回収を支援するものです。 天神祭は日本三大祭りの1つで、2日間で130万人が訪れ、露店の数も日本で一番多いお祭りだと言われています。そのため、お祭りが終わると川沿いの公園はごみの山でした。それを清掃業者が翌朝片付けていましたが、驚くほどごみが散らかっていました。
そこで始めたのが「天神祭ごみゼロ大作戦」で、これはエコステーションを設置して、ごみの分別排出を呼びかけるものです。 大川沿いにエコステーションを38ヵ所設置し、1,500人のボランティアの方に協力してもらって、分別回収を行いました。 それまでの天神祭の惨状から「お酒が入って開放的になっている人たちに分別の協力を呼び掛けても無駄だ」という主張がありましたが、始めてみたら大きなトラブルはなく、みんな協力してくれました。
天神祭ごみゼロ大作戦の公式応援ソング。
お願いすれば、誰もが疑問を持たずに、やり方がわからないと言うこともなく、分別してくれる。 これはこれまで長い時間をかけて各自治体が、ごみ処理施設を通じて、分別や循環の重要性を啓発し続けた結果ではないでしょうか。 小学4年生に対して1980年から40年続けたからこその力であって、これを地球温暖化などの他の環境問題にも活用できるのではないでしょうか。だから、これからもごみ処理施設の環境学習施設の活動がより活性化するよう、支援したいと考えています。
新型コロナウイルス感染拡大後、天神祭が中止されたため、川の周辺を清掃する「クリーンリバー大作戦」を企画した。
ちなみに「天神祭ごみゼロ大作戦」は、2020年2021年とコロナ禍により天神祭が神事のみであったため、お休みしました。しかし、2021年に「クリーンリバー大作戦」と銘打って大川の中と川岸の清掃と調査を実施したところ、協力してくれるボランティアの方はお断りするほど集まり、協賛企業からの反響もありました。 こういった人々の動きは、ごみ処理施設による啓発だけでなく、環境問題に対する人々の意識が大きく変化しつつあるからでないか、と感じています。
これからのごみ処理施設と環境教育施設
――先生は多くのごみ処理施設を目にしてきたと思いますが、中でも特徴的なものはありますか。
印象に残っているごみ処理施設は、埼玉県さいたま市にある桜環境センターです。桜環境センターには、年間30万人と多くの来場者が訪れます。なぜ、ごみ処理施設にこれだけの人が訪れるのかと言うと、焼却施設から出た余熱を利用した温浴施設が大人気だからです。この温浴施設は、さいたま市在住の65歳以上の方なら格安の料金で利用できます。 他にもレストランや歩行プール、トレーニングルームもあって、市民にとって憩いの場となり、環境教育施設も充実しています。
花嶋先生が注目する桜環境センター。
桜環境センターの面白い点は、もう1つあります。それは煙突から出る煙です。 ごみ処理施設は、どこも煙突から水蒸気を出しています。これは特に有害なものではありませんが、冬だと水蒸気が凝結して白い煙が出ているように見えてしまいます。多くの施設は白煙防止装置を使い、煙突から出る空気を一度温め、外に出るときは白くならないよう工夫されています。 白煙防止装置は、環境負荷を抑えるものではなく、周辺住民に対する配慮のためであることから、エネルギーを無駄にしていると言えなくもありません。 それは、多くの人が知っているのですが、白煙が出ていると悪い印象を抱く人も少なくないのです。
しかし、桜環境センターは白煙防止装置がなく、白煙(水蒸気)が立ちのぼっていても、周辺住民は気にしていないようでした。 きっと、桜環境センターはお風呂屋さんとして親しまれている部分が大きいのでしょう。 ごみ処理施設の存在は、ときどき周辺住民から理解されないこともありますが、桜環境センターのような受け取られ方は、とても面白いと思います。
似たような例としては、デンマークのコペンハーゲンにあるごみ処理施設で、コペンヒルと呼ばれるものがあります。 コペンヒルは都会にそびえる巨大なビルのようですが、連なる設備の屋根を斜めにして、その上に人工芝のゲレンデがあります。 コペンハーゲンは平地で山がないことから、コペンヒルはスキー場として重宝されるだけでなく、バイキングやボルタリングもできるレクリエーションセンターとして市民に親しまれている、という本当に面白いケースです。
こういった取り組みの難しいところは、ごみ処理施設の存在を美談にし過ぎて「どんどん燃やそう」という話になってしまうことです。 しかし、自分たちの出したごみがどこへ行くのか、どのように活用されているのか、そういったことを全然知らないよりは、意識できる方が好ましい。 だから、ごみとエネルギーの循環をみんなが意識できるごみ処理施設が、これからの社会に必要なのでしょう。
――最後に、循環型社会形成のために、私たちはどのようなことを意識すべきでしょうか。
やはり、自分たちが捨てたごみがどこに行くのか、ということを考えてほしいです。
ごみは捨てたら消えるわけではなく、必ず次の人が受け取っています。
例えば、収集の人が受け取って、それからごみ処理施設の人が受け取って、さらに埋立地を管理する人が受け取る…といったように、捨てた後も誰かのお世話になっているのです。
これを考えると、捨てる手が止まることがあるかもしれません。捨てるときだけでなく、買うときも手が止まって、大量生産によるエネルギー消費にも影響することだって考えられます。
そのように、捨てた後にごみがどうなっているのか、想像することは楽しくもあります。ぜひごみを捨てる前に、そんなことを一度想像してみてください。
花嶋温子(はなしま あつこ)
大阪産業大学デザイン工学部環境理工学科准教授。廃棄物資源循環学会環境学習施設研究部会副代表。ごみ処理施設の運営や評価方法の改善を始めとし、持続可能システムや環境社会システムを研究。天神祭ごみゼロ大作戦実行委員長、なにわエコ会議会長、環境省3R推進マイスターを務める。
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