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「環境に優しい」について考える—三重の古民家で昔の暮らし体験

築200年の古民家で、釜戸ご飯炊きや五右衛門風呂といった昔ながらの生活を体験できる民宿がある。三重県度会郡大紀町にある「伊勢路 むかしのくらし体験の宿」だ。宿には博物館が併設されており、昔の農具や日用品などの展示を見ることができる。

懐かしい日本の原風景に癒されながら、環境に優しい生き方について考えた1泊2日の滞在記を、率直な思いを交えて記したい。

目次

個性豊かな民宿で町おこし

宿のある大紀町は三重県の中南部に位置し、海に面している人口約8千人の小さな町。農林水産業が盛んで、温暖な気候や美しい自然、おいしい食材に恵まれた町だ。

町内には、釣りや田植え、野菜果物の収穫、木工、流しそうめん、着付け、ヨモギの傷薬作りといった体験ができる民宿が複数ある。それぞれの民宿が、宿主が得意とする体験を提供しており、今回お世話になった宿はそのうちの1つ。

町商工会や町などで構成する「大紀町地域活性化協議会」が、国内外から学生や観光客を誘致。訪れた客を民宿に泊めて、 町の豊かな自然を活用した農林漁業・文化体験をしてもらうことで、人口減少や高齢化に悩む町の活性化につなげている。

大紀町地域活性化協議会ウェブサイト https://taiki-okuise.jp

むかしのくらし体験の宿でもこれまで、中国・台湾をはじめ、カナダやアフガニスタンなど様々な国の学生や観光客を受け入れてきた。現在はコロナの影響により、日本国内の観光客がほとんど。フランスのユーチューバーが宿泊し、動画で取り上げたこともあり、最近では日本在住のフランス人の利用も増えているという。

昔の暮らしを楽しく体験

筆者は博物館の館長の指導の下、釜戸炊きや五右衛門風呂に使う薪を、斧(おの)でひたすら割っていった。狙いを定めて斧を振り下ろし、薪に食い込ませ、何度か叩きつければ女性の力でも簡単に割れる。薪が真っ二つになる瞬間は心地よく、気分がすっきりした。


薪割りの様子。

五右衛門風呂に水を張り、割った薪や枯れた杉の葉を焚き口にくべて火をつけた。お風呂を沸かしている間に、釜戸で米を炊くことになった。


五右衛門風呂(右の写真は宿提供)。

200年前の三和土(たたき)のある台所に、立派な釜戸はあった。洗った米に塩を一振りし、釜戸にのせたら、薪と杉の葉を新聞紙でくるみ、焚き口に投入して着火。しばらくうちわであおぎ、火が全体に行き渡るようにした。


釜戸でご飯を炊く様子。

今は炊飯器のスイッチを押せば、ご飯が簡単に炊ける。釜戸は火加減に注意しなければならず、手間がかかる。一方で、木片や紙、古布など、燃えるものなら何でも有効利用できる上、電気も使わない。釜戸自体が土や石など、自然のもので作られているため家電ごみにもならない。昔の女性は家にいて、多くの時間を家事に費やしていたため、手間だと思わなかったのかもしれない。

忙しいと、環境に負担をかけずに生活するのは難しいかもしれない、とふと思った。仕事や育児に追われると、家電に何でもさせるし、プラ容器に入った出来合いの惣菜をつい買ってしまう。歩いて移動する時間など到底ないから、自動車や電車を利用する。もちろん、電気や自動車といった現代技術には良い面もある。私たちの日常生活を便利にし、重労働から解放し、自由に使える時間を増やしてくれた。

20分加熱し、20分余熱で蒸らすとご飯が完成する。炊飯器と同じぐらいの時間だ。田んぼに水を張ったばかりだったので、蛙が絶え間なく鳴いていた。心地よい自然のBGMを聞きながら、釜戸の前で炊き上がるのを待った。

「何もないのに、全てある」

館長の妻である宿の女将が、宿の運営を引き継いだのは約3年前。築数百年の貴重な日本家屋を残すべく、維持管理と外国人客の受け入れをしていた前の宿主が体調を崩し、女将が手伝ったのがきっかけだった。宿を引き継いでほしいと頼まれたという。

以前訪れた際に大紀町が気に入り、いつかは住みたいと考えていたので、引き受けることにした。怪我やコロナの流行で大変な時期もあったが「主人も私も、人との交流が大好き。これ(民宿の運営)をさせていただいてよかったと思っている」と語る。


宿の外観。

この町に住み始めたことで、夫妻には変化があった。「キジやいろんな鳥がやって来て、空を見ればトンビが飛んでいる。星や朝日が綺麗で、雨上がりには 雫がダイヤモンドみたいに光る。こうした光景に癒され、心が動かされる。ここに来て、すごく元気になった。主人も明るくなった」

 

「何もないのに、全てある」。女将は付け加えた。 都会の真ん中で水や食料が尽き、停電したら、生きられる人は少ないのではないか。ここには、畑や清流があり、調理や暖房に使える薪があり、生きる術がある。

自然の中で極上の朝食

談笑している内に、ご飯が炊き上がった。館長が釜の蓋を開けると、つやつやに光った米が顔を出した。今回は1泊朝食付きのプランだったが、女将が夕食にと、お吸い物や酢の物を差し入れてくれた。炊きたての釜戸ご飯と共に、ありがたくいただいた。

ご飯は、少し固めで筆者好み。木の香りがして、奥深い味でおいしかった。設備と時間があれば、毎日でも作って食べたいぐらいだ。


炊き上がったご飯。

夕食後は、沸かしておいた五右衛門風呂に入った。風呂の底部は鉄で出来ているが、耐熱セメントが塗ってあるので熱くなりすぎることはなく、火傷の心配も少ない。 通常は、木の板を踏み沈めて入浴するが、宿では鉄の入ったプラスチックの板を採用していた。重たいので最初から沈んでおり、快適に入浴できた。

お風呂上がりには、部屋にかけてあったはんてんを着た。田舎の祖父母の家に泊まりに来たような感覚になった。疲れていたので、寝支度を済ませてすぐに布団に入った。蛙や雨の音が心地よく、ぐっすりと眠れた。

翌朝目が覚めると、空はすっかり晴れていた。外に出ると、かわいいお花が添えられたテーブルが用意されていた。「天気が良いから」と、女将が屋外での朝食を提案してくれた。


屋外での朝食。

館長お手製サンドイッチに、女将が釜戸ご飯の残りで作ってくれた雑炊。太陽の下で、美しい山々に抱かれながら、ゆっくりと噛み締めて食べる朝食は最高においしかった。

宿の畑では、色々な野菜が育っている。筆者はスナップエンドウの収穫をさせてもらった。もぎたてをさやごと食べてみると、とても甘く、旬の味が口いっぱいに広がった(一部は自宅へ持ち帰り、バターを絡めてビールと共にいただいた)。

採れたての作物を、新鮮なうちに食べる。大地の恵みで生きていると感じた。食品の輸送や加工、店頭販売はしないから、トラックも冷蔵庫もエネルギーも必要ない。


スナップエンドウの収穫作業。

朝食後は、館長が趣味で育てているという木綿の種取りをやった。綿繰り機のローラーの間に綿を挟み込み、取っ手をぐるぐる回すと、種だけがぽろっと落ちる。種を取った綿は、綿打ちされ、糸車で糸にされ、織機で布地にされる。


木綿の種取り。

環境に優しい行動とは

滞在終盤には館長が、併設の博物館を案内してくれた。蓑(みの)や草履、火鉢といった展示物を見ながら、昔の人々がいかにして環境に負担をかけずに暮らしていたか、考えてみた。


博物館の展示(写真は茶摘み道具)。

履物や雨具、食器、洗剤、暖房器具、乗り物、そして家。昔は全てのものが、再生可能な資源である木や稲わら、石、土、竹、綿といった自然にあるもので作られていた。これらは役目を終えた後、捨てられてもごみとして残り続けず、有害物質による汚染も引き起こさず、やがて自然に還る。

そして、今は大量の資源やエネルギーを投入して生産されたものを消費し、大量に廃棄しているが、昔は人の手で必要な量だけ作られていた。人々は必要な分だけ手に入れ、修理も繰り返しながら大事に使っていた。

自然に戻るものを使い、限られた資源で質素に暮らす。昔の生活様式こそ、本当の意味で環境に優しく、各種汚染やごみ問題の根本的な解決策になり得ると思った。例えば、エコバッグの使用は、プラごみ削減に有効かもしれないが、自然に分解されない素材のものを使ったり、頻繁に買い替えたりすれば、逆に環境に負担をかけることになるかもしれない。

昔に戻ることはできないが、自然素材のものを利用する、必要以上に物を買わないといった行動は今からでもできる。


宿周辺の風景。

短い滞在だったが、自然のぬくもりや夫妻のおもてなしに癒され、心も体も元気になった。いつかまた戻りたい。

伊勢路むかしのくらし体験の宿・むかしのくらし博物館
〒519-2733 三重県度会郡大紀町金輪404
宿泊: 1日1組限定 6名まで
昔の暮らし体験・博物館の見学は要予約
予約・問い合わせ: 070-5333-8783 (管理人 市塲)
ウェブサイト: https://taiki-bm.wixsite.com/mukasinokurasi

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この記事を書いた人

時事通信社を経て2019年よりフリーランス記者。環境や農業に関する記事を中心に執筆。趣味は温泉旅行とグルメ探索。

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