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ボルネオ熱帯雨林の魅力発信から保全につなげたい 松林尚志教授インタビュー

塩場(しおば)の水を飲みに来たオランウータンの母子。

生物多様性は、私たち人間に多くの恩恵をもたらす、環境を語る上で欠かせないものです。 そんな生物多様性は、人間活動によって失われつつあります。

生物多様性の研究や保全は、どのように行われているのでしょうか。 インドネシア、マレーシア、ブルネイの領土となるボルネオ島で、野生動物の生態研究と保全活動に取り組む、東京農業大学農学部の松林尚志教授にお話を伺いました。

目次

ボルネオ島の熱帯雨林は日本が大きく関わっている


東京農業大学農学部 松林尚志教授(左)。

――先生は野生動物の生態や生息地保全に関する研究をされていますが、今までどのような活動を行っていたのでしょうか。また、ボルネオ島で起こっている環境問題についても教えてください。

私はボルネオ島、マレーシア領サバ州の熱帯雨林で野生動物、特に哺乳類の生態行動や保全に関する研究をしています。主な対象動物は、シカ、サル、そしてウシです。馴染み深そうですよね。フタを開ければ、マメジカ、オランウータンと塩場、そして野生ウシ・バンテン。知らない人の方が圧倒的に多い(笑)。

学生の頃は不思議に思った野生動物の生き様を明らかにすることに没頭していました。それがマメジカの生態研究です。調査地が保護センターに隣接していたため、開発で生息地を追われたり、違法飼育されたりしていた野生動物が毎日のように運び込まれていました。そのような状況を目の当たりにする内に、保全についても意識するようになりました。それが野生動物による塩場(しおば)利用の研究や絶滅危惧種、野生ウシのバンテンの研究です。


ボルネオ島とマレーシア・サバ州。

ボルネオ島の熱帯雨林には、野生動物が哺乳類だけでも200種類以上も確認されています。これは、日本に生息する哺乳類の倍ぐらい。 有名どころではボルネオ島固有種のオランウータンやテングザルがあげられます。 意外な点としては、ボルネオ島にはトラやマレーバク、ジャワサイなどの大型哺乳類がいないことです。 かつてはいましたが、どれも絶滅してしまいました。人類による乱獲が原因の一つだと考えられています。

ボルネオ島と言えば、広大な熱帯雨林のイメージが浮かぶかもしれません。しかし、実際に行ってみると、アブラヤシのプランテーションが地平線の彼方まで広がっているだけで、野生動物たちの生息地が奪われてきたことがわかります。


ボルネオ島のアブラヤシプランテーション。

そして、この状況は私たち日本人にとって、関係のない話ではありません。アブラヤシの生産国は、1位はインドネシア、2位がマレーシアですが、日本で使われている植物油の4分の1はアブラヤシ由来のものです。また、日本では多くの東南アジア由来の木材(南洋材)が利用されています。とくに、建築物を作る際にコンクリートの型枠として使われるコンクリートパネルや家具の材料となる熱帯材合板も、輸出国の上位1位、2位はインドネシアとマレーシアです。実は意外に、ボルネオ島と日本は深い関わりがあることがわかります。私自身も、実際にボルネオ島に行って衝撃を受けました。

マメジカが小さい理由とは

――1997年から2002年までの大学院博士課程では、ボルネオ島のマメジカを研究されていたとのことですが、どのような内容なのでしょうか。

「マメジカ」はその名前の通り体が小さく、東南アジアとアフリカの熱帯雨林に生息する世界最小の原始的な鹿の仲間です。私は「なぜ小さいのか?」を知りたくて、マメジカを捕獲して発信器を装着し、生息環境利用を調べました。調査を進めるにつれ、今まで言われていたのとは違う生態が明らかになっていきました。


ヒメマメジカ(旧ジャワマメジカ)。

例えば、それまでマメジカは夜行性と言われていましたが、むしろ昼行性であることがわかりました。昼間は林冠ギャップの周辺で活動し、夜間は尾根などの開けた場所で休息していたのです。林冠ギャップとは、倒木により、林冠部分に隙間ができて、光が差し込むような場所です。光を求めて繁茂する植物「パイオニア植物」は、毒を作ることよりも成長にエネルギーを投資するため、草食動物にとっては食べやすいエサ資源となり、マメジカも例外ではありませんでした。また、果実食と言われていましたが、パイオニア植物の落ち葉やキノコも食べることもわかりました。


ヒメマメジカ(旧ジャワマメジカ)2。

さらに、林冠ギャップは込み入った植生のため、ナタでも持っていない限り、人間はとても進めないような場所です。マメジカにとって林冠ギャップは、エサとなる植物が豊富な上、競合者や捕食者の侵入を制限する環境でもあったのです。
以上から、マメジカが小さい理由は「林冠ギャップ内部を独り占めできるため」という結論に至りました。

生物多様性のホットスポット「塩場」の役割とは

――博士取得以降の2003年から続けている塩場の研究についても教えてください。

ボルネオ島では野生哺乳類の多くが絶滅の危機にあります。先ほども触れたように、その原因は乱獲と乱開発です。 だからと言って、ボルネオ島に森がないわけではありません。ただ、森が広がっているように見えても、保護区となる場所は全体の1割とわずかで、大部分は伐採できる商業林が占めています。 そのため、野生動物の保全には商業林の管理が重要であると考え、調査を開始しました。

その際に現地スタッフとの雑談で気づいたことがありました。商業林を管理するにも、人員も予算も時間も限られているため、優先順位をつける必要がありますが、優先して守るべき場所がどこなのかわからない、ということでした。 そこで、私は塩場に着目することを提案しました。


小さな水溜りのような箇所が塩場。

塩場とは、小さな水溜りに見えますが、塩分はじめミネラル類が豊富に含まれる場所です。塩分は植物にはあまり含まれていないため、植物を食べる草食動物は、塩場のようなミネラル源から積極的に摂取する必要があります。当時、アマゾン熱帯雨林では生物多様性のホットスポットであることが報告されていましたが、東南アジア、とくにボルネオ熱帯雨林については不明でした。

調査には当時普及しはじめていた自動撮影カメラを使いました。その結果、オランウータンをはじめとする大型絶滅危惧種をはじめ多数の動物種が塩場を利用していることがわかりました。これをもとに、サバ州森林局に塩場を重点的に保全するよう提案したところ、次の年には森林管理政策として採用してもらえました。


自動撮影カメラで塩場を利用する野生動物の姿を収めた。

塩場に現れた野生動物たち、とくにオランウータンの写真は多くの人にインパクトを与えられました。それから10年ほど経つと環境DNA解析という新しい手法が登場します。これは環境中に存在する生き物由来のDNAを検出する画期的な方法です。そこで排泄物や唾液などが含まれる塩場の水を分析すれば利用種が特定できると考え、環境DNAの専門家との共同研究を行いました。その結果、他の動物に比べて痕跡を残さないオランウータンのDNAも大量に検出され、塩場の環境DNA解析の有効性を示すことができました。

また、オランウータンは塩場でミネラル類を摂取するだけでなく、驚いたことに交尾相手を見つける出会いの場として利用していることがわかりました。オランウータンは絶滅危惧種で個体数が少なく、さらに単独性の樹上生活者であるため、なかなか相手と出会うことはありません。 しかし、塩場に長くいればメスが訪れます。これは体の大きな優位オスの滞在時間がとても長いこと、過去に1枚だけ交尾写真が撮影されたことから示唆されました。この「塩場が出会いの場仮説」を確信できたのが、2019年のことでした。


塩場の水を飲むオランウータンの優位オス。

東南アジアには一斉結実と言って、ある時期に木々の開花・結実が一斉に起こる現象があり、このとき動物たちの食物が豊富になるため、繁殖力も高まります。 2019年はこの現象が確認され、私たちは塩場に張り込んだり、ビデオカメラを設置したりして記録を取りました。その結果、普段よりも多くのオランウータンが頻繁に訪問することがわかり、さらに交尾の一部始終を記録することもできました。これにより、一斉結実期は塩場の重要性がより高まることが明らかになりました。


一斉結実の森で拾ったフタバガキ類をはじめとする種子。

商業林での野生動物研究で良かったことは、森林政策に貢献できただけでなく、貴重な野生動物の存在を発信したことで(もちろん私だけの力ではありません)、欧米や日本から野生動物たちを一目見たいと観光に訪れる人が増えたことです。それまで商業林は、木材としての価値しかありませんでしたが、野生動物にはエコツーリズムのための価値があることも見いだされたのです。野生動物を狩るよりも、守ることで長期的な経済価値が生まれることを、現地の人たちと一緒に感じられたのは、本当に嬉しいことでした。

絶滅危惧種の野生ウシ・バンテンが持つ遺伝子の謎

――2010年から研究を続けられているバンテンとは、どのような動物なのでしょうか。

野生ウシの存在はあまり知られていませんが、東南アジアに絶滅危惧種の野生ウシ・バンテンが生息しています。 野生ウシは熱や病気に対する強い耐性を持っていると言われていますが、家畜化される過程で失われた形質も多くあると考えられています。 そのため、野生ウシは地味な存在ですが、とても大事な遺伝資源です。


ボルネオバンテンのオス(体色黒)とメス(体色焦げ茶色)。

バンテンはアジア大陸の一部(ビルマバンテン)とボルネオ島(ボルネオバンテン)、ジャワ島(ジャワバンテン)に分布し、それぞれが亜種として考えられていました。また、ボルネオバンテンは、前々から家畜ウシと交雑していると権威のある研究者から言われていたため、守る価値が低いと判断され、保全対策は進められていませんでした。

私は当時、サバ州のサバ大学に勤めていて、現地大学の職員は州全域を調査地にできるという特権がありました。そこでサバ州のボルネオバンテンを対象に、自動撮影カメラで生息確認をし、糞DNA(ミトコンドリアDNA)解析で家畜ウシとの交雑の有無確認をしようと試みました。まずは、サバ州の各地を回ってボルネオバンテンの糞を集めることから始めたのですが、そもそも絶滅危惧種で個体数が少ないため糞を見つけるのも難しく、そのうえDNA解析には新鮮な糞が不可欠です。


ボルネオバンテンの糞と足跡。

何とか糞を集めて解析を行ったところ、ボルネオバンテンは家畜ウシとは明らかに離れていることがわかりました。さらにもう1つ不思議な結果が出てきました。それは、ボルネオバンテンなら、ビルマバンテンやジャワバンテンに近い遺伝子を持っているはずなのに、彼らより、なぜか大陸にいる別種の世界最大の野生ウシであるガウルに近いことがわかったのです。


半島マレーシアのガウル保全センターで飼育されていたガウルの成熟オス。

糞DNA解析では2種類の配列を用いましたが、どちらも同じ結果でした。ただ、短い配列であったため信頼性が低く、ミトコンドリアDNAの全長配列を解析する必要が出てきました。 そこで、密猟・放棄されたボルネオバンテンの頭骨に残っていた歯を抜き取り、古代DNAを扱う専門家に依頼して、その歯髄からより質の高いDNAを抽出・解析してもらいました。その結果は、前回の結果を支持するものでした(ホッとしました)。しかし最近では、母系遺伝するミトコンドリアDNAだけでなく、核DNAの全配列を読む必要があると言われています。問題はボルネオバンテンの場合、飼育個体が存在しないということでした。飼育個体がいれば採血などにより質の良い核DNAを入手できるのですがそれが叶わない。そこで次のアプローチは、歯ではなく、側頭骨からDNAを抽出・解析することにしました。 耳の穴がある側頭骨には非常に硬い部分があり、それはDNAが守られている証拠でもあります。そのため、より質の高い核DNAが抽出できると考えられているのですが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、研究は中断されてしまいました。

さきほどボルネオバンテンには、飼育個体がいないと言いました。サバ州の動物園で飼育されてはいますが、実は家畜ウシとの交雑個体です。ボルネオバンテンは絶滅危惧種であるにも関わらず、純粋な飼育個体がいないため染色体数も未だに不明です。このプロジェクトの最終目標は、ボルネオバンテンが、どこに分類されるのか見直すだけでなく、飼育繁殖集団を確立することです。

そのためには、ボルネオバンテンの幼獣を捕まえなければなりません。成獣のボルネオバンテンを捕まえても、ストレスによって死んでしまう可能性が高いからです。幼獣ならば新しい環境に慣れやすいため、飼育繁殖集団の創始者になりうるのです。これもサバ大学時代の仲間たちと進めていたところなのですが、やはり新型コロナウイルスの感染拡大によって中断しています。

自然を保全するため私たちができることは

――研究者として、野生動物に優しい環境を作るには、どのような行動が必要なのでしょうか。また、一般の人でも野生動物に優しい環境を作るため、意識できることはあるのでしょうか。

野生動物の保全のために、研究者ができることは、生き物の魅力を発信することで、それが一番大切ではないでしょうか。環境保全を訴えるとき、これだけ破壊されています、といったネガティブなイメージにより、危機感を煽ってアピールすることはよく見ます。しかし、私はどちらかと言えば、魅力的な生き物がいるからこそ、楽しみや好奇心が満たされ、そのためにも環境は守るべきだ、とポジティブな方向から保全を訴えたいと考えています。

もう1つは、現地の人たちと関わることです。現地の保全リーダーと話せば、いいアイディアをもらえることがあります。逆に彼らから「こういうときは、どうすればいいのか」と質問をもらえたら、それが研究テーマになって新たな発見が生まれることもあります。実際に、塩場の研究も現地スタッフと雑談したことで始まり、バンテンも現地に興味を持っている人たちがいたからこそ、研究がスムーズに進みました。ただ外国人がやってきて「ここを守れ」と一方的に指示しても無理な話です。現地の人たちと一緒に進めた方が、お互いにとって利益があるし、それは間違いなく継続します。それと論文を書いて終わりではなく、行政に具体的な提案をすることも大事ですね。


ボルネオ熱帯雨林。これらを守るには現地スタッフと協力することが大事だと松林教授は語る。

一般の人にできる取り組みは、やはり現状を知ってもらうことが大事です。そのためには研究者が積極的に発信する必要があるのですが、もし環境問題や保全の取り組みを耳にしたら、それを知らない人たちにどんどん広めてほしいと思います。 あと、よく言われることですが認証(環境ラベル)製品を積極的に選ぶことです。管理された森で作られた紙とか、リサイクル材を使用して作られたものだとか、何かを購入するときは、そういう認証ロゴがあるかどうか意識してみてください。

そして、コロナ禍が収束したら、現地に行ってみてほしいと思います。熱帯雨林の中を歩いたり、野生動物の保護施設を見たり、可能であればボランティアにも関わったり、そういった体験を通して、より深く現状を知れば、今までとは違う見方もできるのではないでしょうか。

松林尚志教授の個人サイト Borneo Mammal Study
東京農業大学 教員・研究情報 研究者詳細 – 松林 尚志
東京農業大学 生物資源開発学科

松林尚志(まつばやし ひさし)
東京農業大学農学部生物資源開発学科教授(野生動物学研究室)。熱帯アジアの人と自然に関わって20年ぷらす。ボルネオ島マレーシア・サバ州を中心に野生哺乳類の生態や生息地保全に関する研究を行っている。子供の頃愛読した動物雑誌『アニマ』(平凡社)の影響を受け、熱帯雨林での野生動物研究に憧れを抱く。学部、修士では分子生物学の道へ踏み入るも、沿岸小型捕鯨生物調査での経験がきっかけで熱帯雨林への思いが再燃。博士課程1年の1997年、はじめてマレーシアの熱帯雨林へ。それ以来、博士(5年)やポスドク(8年)、マレーシア・サバ大学の教員(3年)、そして東京農業大学の教員として、熱帯雨林で野生哺乳類の生態や生息地保全に関する研究を実施・継続中。著書に『消えゆく熱帯雨林の野生動物』(化学同人)や『熱帯アジア動物記』(東海大学出版部)、『Natural Salt-Licks and Mammals in Deramakot』(Sabah Forestry Department)などがある。


松林尚志教授の著書
消えゆく熱帯雨林の野生動物
熱帯アジア動物記
Natural Salt-Licks and Mammals in Deramakot

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