九州大学大学院 芸術工学研究院長 谷正和教授。
世界の森林面積は、全陸地面積の約31%を占める40億ヘクタールあるが、近年、世界中で行われている違法伐採、焼畑農業、森林火災などにより減少し続けており、2000年から2010年までの10年間においては、年間1,300万ヘクタールの森林が失われた。現在も世界規模で進行する森林消失問題。そこに貧困問題が隠されていると指摘するのが、九州大学大学院 芸術工学研究院長 谷正和教授だ。東南アジアの森林消失問題を長年研究している谷教授に話を聞いた。
森林消失は貧困層が生活のために伐採か
研究対象であるテクナフ半島。
谷教授が研究しているのは、バングラデシュのテクナフ半島における「地域生態系の枠組みにおける森林消失と貧困の関係性」だ。バングラデシュの先端に位置しミャンマーに隣接するこの半島は、バングラデシュのなかでも深刻な森林消失が問題視されている。
――研究の動機はどこにあったのですか?
1990年代頃から、バングラデシュではロヒンギャ難民(※)が社会問題となっており、テクナフ半島の森林消失も彼らが行っているのではと考えられていました。私は本当に彼らが伐採しているのかと疑問に感じ、10年ほど前から現地調査を始めました。
――実際に調査をしてみてどういうことが分かりましたか?
実際に調査してみると、やはりテクナフ半島の山はどこも禿山か、木があっても灌木程度にしか育っていませんでした。しかし、その原因はロヒンギャではなく現地住民の貧困問題が根底にあることが分かってきました。
バングラデシュは全て国有林なのですが、貧困にあえぐ現地住民が、生活のために山に入って違法伐採をしていたのです。伐採した木材を市場まで運んで販売することでわずかな賃金を得て彼らは生活しています。
運ばれる違法伐採の木材。
市場の様子。
テクナフ半島の住民を富裕層・中間層・貧困層と仮に定義したとすると、富裕層は自らで使う薪を市場で購入したり貧困層を1シーズン2、3人雇って伐採させたりしています。中間層は自分で使う木材を伐採し、貧困層は自分で使う木材と売るための木材を伐採しているという構図になっています。
※ロヒンギャ難民:ロヒンギャとは、主にミャンマー西部のラカイン州に住む約100万人のイスラム系少数民族のこと。ミャンマー政府に無国籍とされ1990年代から数十年にわたって差別と迫害に苦しめられ、多くの人が隣国であるバングラデシュに逃れている。2017年8月にラカイン州北部で新たな衝突があったことで、現在もバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民が爆発的に増えており、世界的な社会問題となっている。
生活に木材が必要!インフラ整備の不足が問題
――市場で売られる木材はどのように使用されているのでしょうか。
主に薪として使用されることが多いです。現地ではガスなどがあまり普及していないため、かまどで煮炊きする際や風呂を沸かす際に使用しています。普通に生活するために薪は住民にとって生活必需品であり、市場で購入する必要があります。そうした需要に対して供給するのが違法伐採を行う貧困層の住民なのです。
これは、国がインフラを整えていないことで生じる問題ですのでバングラデシュ政府も黙認しているようです。一応、役人が山を監視しているようですが、袖の下でいくら渡せば見逃してくれるといった目安の金額まで設定されていると現地住民から聞きました。
森林消失や環境問題より「明日の自分の命」
――しかし、これだけ違法伐採されれば、政府は森林資源に困らないのでしょうか。
国で定めたソーシャルフォレストという区画が存在します。その区画だけは、住民が入植することを厳しく監視しており、最低限の森林を守っているようです。ただ、今まで違法伐採が繰り返されてきたことで住宅建材用などの立派な木材はテクナフ半島ではあまり育っていません。建材用は輸入木材などで賄えるので、政府もそこまで危機感がないのではないでしょうか。
――発展途上国での環境問題には根深い問題がありそうですね。
ええ。環境問題の考え方についても、先進国各国とは異なります。こうした発展途上国の人たちは「明日の食い扶持を確保する」という生活に直結する、非常に重要な問題を常に抱えて生きています。
自分が生きていくために木材を伐採する。“地球環境”と“自分自身の生命を維持すること”を天秤にかけた場合、後者を選択することは火を見るより明らかです。
政府も違法伐採を本格的に禁止すると、国中で生活に困窮する人が急増することが分かっているからこそ黙認せざるを得ないのでしょう。
森林消失はロヒンギャが原因ではなかった
――ロヒンギャが伐採しているケースは少なかったのですね。
はい。2017年からロヒンギャ難民問題は過熱していますが、調べてみると、彼らはほとんど違法伐採をしていないことが分かりました。ロヒンギャが暮らす難民キャンプの付近を衛星画像で解析したところ、難民キャンプの周りこそ最低限伐採されていましたが、それ以外の部分ではあまり変化が見られませんでした。
――どういった理由が考えられますか。
おそらく、国連が難民キャンプにLPガスを配布したからでしょう。煮炊きなどにガスを使用しているため、薪が必要なく違法伐採する必要がなかったのではと思われます。
――今後はどのような研究予定になっていますか。
今後もテクナフ半島での調査は継続して行いつつ、東南アジアやほかの国など調査範囲も広げて森林消失問題について研究していきたいと思っています。世界の環境問題解決の一助になれれば。
谷正和(たに・まさかず)
1957年、広島県生まれ。Ph.D.(人類学)。1981年アリゾナ大学大学院博士後期課程修了。アリゾナ大学博士研究員を経て、1995年から宮崎国際大学に赴任。宮崎でアジア砒素ネットワークの会員となり、1998年からバングラデシュの地下水ヒ素汚染のヒ素汚染被害対策に取り組むと同時に社会的影響に関する研究に従事。1999年九州芸術工科大学に転任、統合により2003年九州大学大学院芸術工学研究院となる。2005年、第10回国際開発研究大来賞受賞。2018年から九州大学大学院芸術工学研究院長(芸術工学部長)、2020年から九州大学副学長。現在に至る。
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