少子高齢化や人口減少に伴い「空き家」は増え続け、今や社会問題となっている。アートの町“藤野”には「空き家」と「移住者」をマッチングする【里まっち】というサービスがある。発起人であり、自らも国産材を使った自然住宅を施工する創和建設社長の志村敏夫さんに話を聞いた。
太田祐一
地域活性化を目指し空き家対策をしなければ、地元企業は生き残れないと思った
田園風景が広がる神奈川県相模原市緑区の旧藤野町は、アートの街として知られる。戦時中、画家の藤田嗣治をはじめ数多くの芸術家が疎開したことで知られ、今もなお様々なアーティストが移住している。町には、約30点の彫刻品やオブジェなどの芸術作品が屋外に展示してある芸術の道というアートスポットもあるほど。藤野はそうしたアートの側面と美しい田園風景を併せ持つ街として若い家族を中心に移住者が多い人気の街だ。
志村さんは藤野について、こう語る。
「個性的で面白い方が多く移住している印象です。都心から1時間の距離なので東京に職場がある方もたくさんいます。また、人口の半数が移住者で占めているため、田舎特有のしがらみの無さも住みやすい理由の一つかなと。シュタイナー学園(20世紀初めのオーストリアの哲学者・神秘思想家アドルフ・シュタイナーが提唱する教育芸術を実践する学校)ができたことも移住者の促進に繋がっているし、多様な人が集まったことで、面白い街に変化してきました」
創和建設・志村敏夫社長。
ただ、そうした移住者が多いとはいえ藤野も他の地域と同じく高齢化が進み、移住者以上に若者が都会に流出してしまっている現状がある、と志村さんは言う。
「いくら移住者が多いとはいえ、やっぱり人口は減っていっています。20年前は藤野地区では1万人ほど住んでいましたが、現在は8,500人ほどです。そのため空き家が目立つようになってしまった。これだけ面白い方たちが多く住み、美しい田園風景が広がっている街なのにこのままではダメだという危機感がありました」
「里まっち」を作ろうと決めたきっかけは、平成28年に国土交通省が始めた「良質住宅ストック形成のための市場環境整備促進事業」。この事業は、課題となっている空き家問題解決のために中古住宅市場の活性化を促そうと、工務店、設計事務所や金融機関、不動産業者などが連携した評議会に対して補助金を出すというもの。志村さんは「これだ!」と思ったという。
「この事業に参加して採択されれば補助金も出るし、地域活性化に繋がると思いましたね」
「長期的に活動していくには、一企業がリーダーになってはだめだと思いました。地域のみんなでやらないといけないな、と」
「以前から移住促進に力を入れていた藤野観光協会に話を持っていき、代表になってもらいました」
志村さんはすぐに行動に移した。
藤野観光協会を筆頭にして、オブザーバーには相模原市緑区役所が務め、地元の工務店、設計事務所、金融機関、不動産業者など次々とメンバーに引き入れ、「相模原市緑区地域既存住宅リフォーム・改築推進協議会」を発足。事業にも無事採択された。その後、補助金を使用してポータルサイトの「里まっち」を、地元のクリエイターに制作してもらった。「里まっち」は空き家の売却や、賃貸として利用したい大家と、藤野に住みたい移住者をマッチングするサービス。
「まずは、里まっちに登録する空き家を増やすところから始めました。藤野観光協会が今回の里まっちの概要や空き家の有効利用についての冊子を作りました。それを持って、藤野地区の各自治体の会合に行き、空き家の危険性などを説明して、大家さんに登録をお願いして回りました」
志村さんのこうした取り組みが功を奏し、約3年で約300件の問い合わせがきた。実際にマッチングも行われ、購入した空き家をリフォームして若い家族が実際に藤野に移り住んだケースも増えている。今後は、エリアを拡大し、藤野地区だけでなく相模原市全域にこの活動を広げる構想があるという。
地産地消を促し、地域活性化に貢献するとともに、美しい街づくりにも力を入れる
志村さんは「里まっち」でマッチングした後の、地域活性化の仕組みについて語ってくれた。
「里まっちでマッチングしたものを施工するのは地元企業で、地元の材料を使用し空き家をリフォームする。住宅ローンなども地元銀行が相談にのります。移住者が心地よい暮らしを実現するためには、地元企業が作業を行うのが一番。それが地産地消に繋がります」
リフォームもただの空き家改修にとどまらない。「里まっち」で空き家をリフォームすることを決めた移住者には条件がある。地域材を使うことと、自然素材を使用した家にするということ。これには発起人の創和建設の家づくりのテーマである“良い家が良い街を作る”が反映されている。
空き家改修前。
志村さんは良い家と良い街について、このように語る。
「良い家というのは、ビニールクロスなどを使わずに漆喰を塗るなど自然素材を使用することで、健康的な生活が送れる家のことです。それとともに“風景に同化した家”となることも重要だと思います」
「例えば、普通は500坪の土地面積があったら家を10棟ほど建ててしまいますが、それだと住宅がびっしりとしていて風景が良くない。創和建設では、4棟ほどしか建てない。あくまで美しい風景の一つとして家もあるべきです。そうした“良い家”が増えていけば“良い街”になり、それがやがて持続可能な街に発展していくと考えています」
東京での暮らしは息苦しく、40歳を超えて藤野の良さを実感
志村さんは、創和建設2代目の社長だが若い頃は東京の建設会社で働いていた。当時のことを語ってくれた。
「小さい頃は藤野の良さが分からず、なんとなく住みやすいな、くらいにしか考えてなかったです。なので、子供の頃は早く東京に出たくて。大学卒業後は表参道の建設会社で働いていました。仕事自体は面白かったのですが、徐々に東京という街に疲弊してしまって。会社の寮が町田にあったので、毎日通勤するために満員電車に乗っていました。どこに行くにも人・人・人……。疲れ果ててしまいました。東京の人はいつもせかせかしていて、誰かと競争しているようで、東京では心休まるときがなかったです。東京という街は住むところじゃないなと感じました」
「27歳の時に藤野に帰ってきたのですが、その当時はバブルの頃で創和建設もくる仕事を全て請けていました。特にビルや学校などのコンクリートの建物をメインに建てていました。その後、バブルが弾け仕事が激減したので、一度ビルなどのコンクリートの建物の仕事から距離を置いたんですね。40過ぎた頃で、その時初めて藤野の良さに気付きました。風景が美しくて、あれ、この街って思っていたより良い街だぞって笑」
工務店の連携チーム「ijuka」を作り、情報発信に力を入れる。地元の企業を守り、持続可能な街にしたい
空き家改修後。
今回の「里まっち」は国の補助金ありきで始まったプロジェクトのため、補助金が打ち切りになった際には解散する可能性がある。そのため、もし補助金がなくなっても地元企業の連帯を続けるために、志村さんは、若手社長がいる工務店を中心に声をかけ、工務店チームを作った。志村さんの「藤野の街を良くしたい」という思いに賛同した8社の工務店が集まった。名前は、移住の住処から「ijuka」と名付け、こちらもWebサイトを作った。志村さんは「ijuka」の目標について語った。
「目標はメンバー全員でガイアの夜明けに出ることで、割と真剣に考えています笑。人口が減っている街では、当然仕事が減っていきます。そのためには移住者を増やし、仕事を生み出さないといけない。それにせっかく移住者がいてもほかの地域の建設会社が藤野で家づくりを行っていては、地元の活性化には繋がりません。そのために情報発信が大事だと思います。地元企業が埋もれないために、これだけ面白い家づくりをする会社があるぞ、と世間にアピールする必要があると思います。そのためにこのチームを作りWebサイトを作りました」
最後に、様々な取り組みを行う秘訣を志村さんに聞いた。
「私は飽き性なので、常に“面白い”ことがしたいんです。空き家対策だって地域活性化だって、工務店のチームを作るのだって“面白い”からです。会社でも私が45歳ぐらいの頃から、面白いと思う仕事をする企業さんとだけ付き合うようにして、家づくりも心から納得できるものばかり作るようにしました。今回のプロジェクトも自分の会社だけでなく藤野という街を地域全体で盛り上げたら面白いだろうなというところから始まったんです」
“面白い”仕事に対する飽くなき探求心が今回の空き家対策のプロジェクトに繋がった。また、空き家対策の解決の鍵は、その地域ごとの魅力をいかに引き出すかが重要な鍵となりそうだ。
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