豊かな自然で知られる長野県は「灯油文化」でも知られる。保温性の悪い住宅が多く、各家庭は灯油で暖房を行い、県内から出る二酸化炭素の排出量も多い。そこで長野県は2030年度の温室効果ガスの排出量を90年比で30%減らす目標を掲げ、太陽光発電、森林を生かしたバイオマス発電、小水力など再生可能エネルギーの普及に力を入れている。太陽光発電については、須坂市では公共施設の屋根を事業者に貸して事業者が太陽光パネルを設置し、売電事業を行うやり方で成果を上げる。
一方、広大な森林を伐採し、メガソーラーが設置される動きもある。二酸化炭素を貯蔵し、温暖化防止に貢献する森林を伐採してまで、設置する必要があるのか、下流の水源を傷めることはないのか、と疑問の声もある。屋根貸し事業を展開する須坂市と、メガソーラー建設計画に揺れる諏訪地域で「太陽光発電の光と影」を見た。
ジャーナリスト 杉本裕明
中学校の屋根を貸し出し太陽光発電
長野県須坂市は、公共施設を使った太陽光パネルの貸屋根事業が盛んだ。
私立相森中学校では太陽光パネルが並ぶ。
サンジュニア提供 転載禁止
蔵の町として知られる須坂市にある市立相森中学校の校舎の屋根に並んだ太陽光パネルが陽光を浴びてきらきら輝いている。
教室棟の屋根に220枚、体育館の屋根に132枚、武道場の屋根に88枚、計440枚。127・6キロワットの発電能力がある。玄関にモニターが設置され、子どもたちが発電量を知ることができる。
「体育館は災害時の避難場所になっています。そこで蓄電池を設置し、停電しても使えるようにしました」と市学校教育課は話す。
再生可能エネルギーを普及するため、国は2012年からFIT(固定価格買い取り制度)を導入、発電した電気を電気事業者が定額で買い取る制度がスタートした。買い取りのお金の大半は国民や事業者が払う電気料金に一律に上乗せされる。
相森中学校の太陽光発電は2012年1月に稼働した。1キロワット当たり40円(税別)で中部電力が買い取り、年間約15万キロワット時の発電量がある。
この太陽光パネルは、サンジュニア(本社・須坂市)が設置したものだ。市は屋根を事業者に貸し、賃料をもらっている。賃料は1平米350円。相森中学では720平米を貸しているので25万2,000円入ることになる。設置費用の4,000万円はサンジュニアが負担し、それを売電事業で回収している。
お金かけずにパネルを設置できるメリット
この屋根貸し事業の特色は、屋根の保有者である市がお金をかけずに、市内の再生可能エネルギー化を進めることができる点だ。
市生活環境課の栗田利一課長補佐は「市内から発生する二酸化炭素の排出量を減らすために太陽光発電を普及したくても、市の財源には限りがある。得る賃料はわずかでも、貸屋根方式ならかなりの施設に普及することができると考えた」と話す。
貸す側と借りる側のどちらにもメリットがあるこの方式は、長野県飯田市のおひさま進歩エネルギー(株)が考案し、全国で初めて始めた。これを知った神奈川県と東京都も須坂市とほぼ同時期に貸す側と借りる側の仲介事業を始めた。
須坂市は相森中学校を手始めに、翌年の2013年には東中学校(67・5キロワット)、墨坂中学校(同)、15年に北部体育館(同)と高穂小学校(同)、16年には消防署、老人福祉施設、児童館など4カ所に増やした。貸した屋根の面積は9施設で3,662平方メートル。プロポーザル方式の入札でサンジュニアが落札し、条件によって違うが、1平方メートル当たり150~350円の賃料を払っている。
同社は「相森中学校で始めた貸屋根方式による事業は現在までにおよそ150件、10メガワット(1メガワットは1,000キロワット)に増えました。当社ではこのほかに太陽光発電設備を日中の電力消費量が多い施設などに無償で設置し、発電した電力を施設に販売するあおぞら電力事業も手がけ、環境に貢献しています」と話している。
長野県も諏訪市にある県営の諏訪湖流域下水道豊田終末処理場の敷地を地元の岡谷酸素に貸している。同社は2ヘクタールの土地を借り、3億5,000万円かけて敷地を造成、1メガワットの発電出力のパネルを設置した。賃料は1平方メートル250円。年500万円の賃料が県に入る仕組みだ。
霧ケ峰高原の直下に巨大メガソーラー計画
計画だと、このあたり一面を太陽光パネルが覆う。
小林峰一氏提供 転載禁止
八ケ岳中信高原国定公園の霧ケ峰高原は高層湿原で知られる。その湿原から少し下ると、カラマツとミズナラの林が広がる。
その諏訪市の森林と湿地が広がる196ヘクタールにベンチャー企業の(株)Looop(本社・東京都)が89メガワットのメガソーラーを設置しようとしている。
雄大な諏訪湖からの眺望にも影響しそうだ。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
先ほど紹介した須坂市の貸屋根150件の総発電量の約9倍だから、その規模の大きさがわかるだろう。
開発予定地はかつて牧草地だったところで、その後植林されている。立ち入り禁止の立て看板を見ながら、その近傍を歩くと、幾つもの沢からわき出した湧水が流れ落ち、その先に湿原が広がっている。湿地と沢筋の周辺は残すというが、かなりの面積を太陽光パネルで覆ってしまうのは惜しい。
予定地は地主の組合による立ち入り禁止の看板があった。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
巨大なパネルの設置は、災害の危険性や下流の飲み水への影響が指摘されている。森林を大量伐採すると保水力が弱まり、パネルが雨水の地下浸透を妨げる。大雨が降ると洪水の危険性がある。そこで同社は雨水をためる調整池を複数設置し、洪水を防止するという。
しかし、下流に当たる茅野市の住民たちは納得していない。特に心配するのが飲み水への影響だ。予定地を流れる横河川は茅野市に流れ込み、田んぼで米づくりに利用され、米沢地区の北大塩区にある大清水湧水は茅野市の水道水源に利用されている。この横河川と湧水への影響を心配する自治区は、「メガソーラー絶対反対」と書いた看板を掲げ、県に計画を認めないよう要望書を出したり、署名活動をしたりしている。
長野県上田市の上信越国立公園内のメガソーラー計画に住民たちが反対している。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
住民の一人は「広大な地域を太陽光パネルで覆ってしまえば地下に浸透せず、下流の私たちの生活に影響を与える心配がある。それに土砂崩れなどの災害も懸念材料だ」と話す。
地質学が専門の小坂共栄信州大学特任教授は、諏訪市の地下水や温泉に影響を与える可能性があると警鐘を鳴らす。かつて同大にいた熊井久雄氏(故人、後に大阪市立大学教授)が上流の観光開発の影響に関する調査に協力したことがある。熊井氏の報告書によると、開発が下流の茅野市の湧水に影響する可能性が指摘され、同社の予測と対立している。
7月に諏訪市と茅野市の二カ所で同社の説明会が開かれた。茅野市の説明会では「8割方推論ではないか」(住民)に「地域住民に影響を及ぼす事業ではないと自信を持って言える」(社長)。議論は平行線をたどり、その後も説明が開かれたが、住民の不信感を払拭するには至らなかった(信濃毎日新聞による)。
長野県は急遽、環境アセスメントの対象にした
この計画は、県の環境影響評価技術委員会で審議されている。県はメガソーラーなど大規模事業について環境影響評価(通称・環境アセスメント)を行うことを条例で義務づけている。事業が環境に悪影響がないか、事前に予測、評価し、事業者に環境保全措置を講じさせるのが環境アセスメントの目的だ。
この条例の対象はダムやスキー場などで、メガソーラーは入っていなかった。しかし、この計画が浮上した2015年に、県は「長野県の誇る自然や景観が壊されては困る」(環境政策課)と、条例を改正した。森林は20ヘクタール以上、それ以外の土地は50ヘクタール以上の開発を伴うメガソーラー事業を対象に加えた。
また森林開発の許可要件で、伐採後の調整池の機能について、従来の30年に1回の洪水に対応できる能力を50年に1回に引き上げ、厳しくした。
環境アセスメントは、構想段階で行う「配慮書」、調査項目を検討する「方法書」、実際に予測・評価した「準備書」と、段階を踏んで事業者が行う仕組みだ。そのつど県の委員会が審議し、意見を述べ、修正させている。最後に知事が業者に意見書を出し、それを踏まえて業者が修正を加えた「評価書」を作成、事業実施の運びとなる。
この事業はこの夏に準備書が公表され、委員会が始まっており、大詰めを迎えたと言える。
かつて県が条例にメガソーラーを加えようとしていた頃、同社が「本事業に改正条例が適用され、新たな調査が発生した場合、その負担は多大なものとなり、本事業の実現に甚大な影響が及ぶ」と書いた署名用紙を地元で配ろうとしたことがあった。
しかし、地元の県議会議員らが「住民の反発を買う」とその動きを止めた。その後条例改正案は議会を通過し、この案件がメガソーラーを対象としたアセスメントの初のケースとなった。
技術委員会で様々な指摘が
予定地の周辺一帯は、湿原や林が混在する自然の宝庫だ。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
県の環境影響評価技術委員会では、伐採による災害の危険性や水源への影響、動植物への影響など様々な分野で審議され、委員から厳しい意見が相次いだ。
例えば、当初の計画では伐採後に調整池を造り、工事で出た24万立方メートルの残土で沢を埋め、そこを流れる川を埋めようとしていた。これに対し、
「水路の上に盛土をあえてつくること自体が常識的に考えて非常に危険」(富樫均・県環境保全研究所専門研究員=当時)
「樹林がなくなって年を追うごとに浸透量が減少してくることは十分に考えられる」(鈴木啓助信州大教授)
と委員らは批判し、同社は、残土を近くの砕石場跡地に持ち込む計画に変更することになった。
もちろん、住民の中には「地域のためにもなる」「自然エネルギーは環境に良い」といった賛成意見もある。しかし、茅野市の隣の原村で農業を営む小林峰一さんはこう指摘する。
「再生可能エネルギーの必要性は認めるが、二酸化炭素を吸収し、地球温暖化防止に役立っている森林を大量伐採した跡地に巨大メガソーラーを設置して『環境に優しい事業』と言うのは、あまりに矛盾している」
巨大なメガソーラーは環境に様々な悪影響をもたらし、災害の原因ともなりかねない」と語る小林峰一さん。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
小林さんは妻の桂子さんと委員会の傍聴を続けている。「現在のアセスメント制度は、第三者が調査・予測するのではなく、事業者が行うという限界がある。委員が厳しい意見を述べても受け入れられず、アセスのもどかしさを感じる。業者は住民が求めているボーリング調査を行うべきだ」
委員会の委員たちも予測方法になお、様々な疑問を投げかけているが、同社の準備書は「河川流量の変化による下流への直接的な影響は小さいと予測される」、「(湿地への影響は)極めて小さいと予測される」。植物、動物、景観など他の項目も軒並み「影響は小さい」としており、平行線をたどっている印象だ。
7月に開かれた技術委員会では、亀山章東京農工大学名誉教授は「(景観について影響が小さいとした業者に対し)霧ケ峰は神聖な場所。しっかり考えて欲しい」と述べた(信濃毎日新聞)。
委員から地下水など水象についてさらに検討が必要との声が出て、水象部会が設置された。ここでの審議も踏まえ、同社が意見を出した後、「早ければ年明けにも知事意見が同社に提出することになる」(県環境政策課)という。
どこまで踏み込んだ意見が出るか、それを業者がどう受け止めるか。筆者は今後の対応も含め同社に質問文を送ったが、期日までに回答がなかった。
国はアセス法改正し、メガソーラー事業を対象に
同じ長野県では上田市生田地区の里山にメガソーラーを設置する計画に地元自治会が反対し、凍結状態になっている。元自治会役員の志津田和博さんは「一番心配したのはこの地域でかつて土砂崩れが起きたこと。森林を伐採し、災害が起きたらどうするのかと、自治会ぐるみで反対した」と話す。
同じ上田市の上信越国立公園内に計画されたメガソーラー事業に対し、自治会や思想家、平塚らいてうを記念した「らいてうの家」のメンバーらが、「自然が破壊される」と反対している。「らいてうの家」のメンバーは「高原の豊かな自然環境を改変することは許されない。もっと大切にしてほしい」と話す。
らいてうの家も計画地のすぐそばだ。
杉本裕明氏撮影 転載禁止
そんな動きを受けて上田市も動いた。2019年7月に太陽光発電設備の適正な設置に関する条例を公布、翌8月に施行した。市内の自然公園や土砂災害の起きやすい地区、森林の保安林などを「抑制地区」に指定し、開発しようとする業者は説明会を開き、市と協定を結ぶことを義務づけている。指導・勧告・公表制度もある。
条例なので強制力は持たせることは難しいが、「市がこの地域は重要な地区だと示しているので、かなりの抑制力になると思う」と都市計画課の担当者は話す。先の里山と菅平の計画地はこの抑制地区に含まれている。
メガソーラー建設を巡っては、静岡県伊豆高原、千葉県鴨川池田、愛知県東浦町、三重県四日市市など各地で住民紛争が起きている。昨年秋には小林さんらが中心になって、各地で反対運動をしている住民らが長野県に集まり、シンポジウムを開いた。
最初、「地方の問題は自治体が条例で対応すれば良い」(環境影響評価課)と静観していた環境省だったが、ようやく重い腰を上げ、今年7月、環境影響評価法(通称・アセス法)の施行令を改正し、太陽光発電事業を国の審査の対象事業に加えた(2020年4月施行)。
ただ、ただちに審査する第一種事業は40メガワット(約100ヘクタール規模)以上、国が対象にするかどうか個別に決める第二種事業は30メガワット(約75ヘクタールの規模)以上としており、対象事業の規模要件は大きすぎるという指摘がある。これ以下の規模は、県の条例で対応することになるが、メガソーラーを対象事業にしていない県も多い。
小林さんは「このままだとかなりの数のメガソーラー事業が、国のアセスメントの対象からこぼれ落ちてしまう」と心配している。
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