最近、マレーシアやフィリピンなど東南アジアの国々が、輸入されたプラスチックごみを輸出元の日本やカナダに送り返す動きが出ています。なぜ、拒否したのか、その原因を探ってみました。
ジャーナリスト 杉本裕明
マレーシア政府は5月、日本、米国、カナダなど7カ国から持ち込まれた450トンのプラスチックごみを輸出国に送り返すと発表しました。何が問題だったのですか。
クアラルンプールに近いクラン港で、ヨー・ビーイン環境相が報道陣を集めて記者会見しました。扉が開いたコンテナが幾つもあり、中にプラスチックごみが詰められていました。朝日新聞や日本経済新聞などによると、ヨー環境相は「環境汚染で大気や川が汚染され、健康への影響も心配されている。先進国はプラスチックごみの管理のあり方を見直すべきだ」と訴えました。
このプラスチックごみは、リサイクル目的で輸入されたのですが、環境省が調べると、リサイクルできない家庭から出た汚れたプラスチックごみだったと言われています。マレーシア政府は、この450トンを含め、年末までに計3000トンのプラスチックごみを輸出国に送り返すとし、輸入で仲介した業者を通じ、輸出した業者に引き取りを求めていくとしています。
フィリピンでも同じような事件がありました。
この4月、フィリピンのドゥテルテ大統領は、カナダ政府に対し、リサイクルできないプラスチックごみや廃家電、家庭ごみの入ったコンテナ100個の回収を要請しました。そして、「突っ返すから食べてみろ」と、ドゥテルテ節で怒りをぶつけました。
2013~14年にかけて、カナダの業者がリサイクル用のプラスチックごみの名目で輸出したものですが、税関が調べると、リサイクルできないただのゴミだったことがわかりました。政府は輸出した業者に回収を命じましたが、その業者は応じようとしませんでした。そこで政府は、カナダ政府に、回収を求めたのですが、カナダ政府は「民間業者の責任で、政府は関与しない」と居直り、フィリピンでは住民がデモ行進して抗議しました。
こうしたことが、4月の大統領の憤激につながり、結局、カナダ政府が輸送費を負担し、引き取ることになりました。
この事件は、1999年に日本から古紙と偽り、危険な医療廃棄物などのゴミが日本からフィリピンに輸出されて問題になった「日ソー事件」とそっくりです。この時もフィリピン政府の抗議を受けた日本政府が回収、焼却処分しました。
途上国にプラスチックごみがあふれかえるようなことが、なぜ起きたのですか。
2017年暮れに中国がプラスチックごみの輸入を禁止したのが原因です。それまで中国には日本、米国、欧州などの先進国から大量のプラスチックごみが輸出されていましたが、河川の水質汚染など環境汚染の原因になるとし、ペレット以外のプラスチックごみの受け入れを禁止しました。このため、それまで中国に輸出していた業者は、軒並み東南アジアや韓国、台湾に輸出先を変更することになりました。
JETRO(日本貿易振興機構)によると、2018年の日本からの輸出量は100・8万トンと、2年間で34%も減りました。それでも主要国の中では、米国、ドイツに次ぐ輸出量の多さです。日本の輸出相手国は、マレーシアが22万トン、タイが19万トン、ベトナムが12万トン、台湾が18万トン、韓国が10万トン、インドネシアが2万トンなどとなっています。マレーシア、タイは前年にはいずれも10万トンにはるかに届かず、18年に急激に増えています。また、輸出国は日本だけでなく、米国、カナダなど他の先進国からも持ち込まれています。
また、18年の世界全体の輸入量は851万トン。その内訳は、マレーシアが10・2%(87万トン)、香港、オランダが7・0%、タイが6・5%、ドイツが5・4%など。中国は0・6%。中国に代わってマレーシアが世界一の輸入大国になっています。ちなみにマレーシアの16年の輸入量は三分の1の29万トンでした。ドイツとオランダが多いのは、お互いにプラスチックごみのリサイクルを積極的に進めているからです。
マレーシアにはリサイクル工場がないのですか
JICAが現地の新聞記事を紹介しています。「ニュー・ストレイツ・タイムズ」によると、274のリサイクル工場がありますが、うち4割が環境規制を守らない違法工場です。マレーシア政府が18年7月から違法業者の摘発に乗りだし、100件以上が閉鎖されたとしています。
これまでマレーシア政府は、輸入業者に「輸入許可書」の取得を義務づけてきました。しかし、基準が甘く、環境汚染や不適正処理が横行していました。そこで18年10月に新たな基準(保管能力の証明、リサイクル原料に加工した後の販売先リストの提示)による再申請を義務づけました。ザ・スター紙は、19年1月までに19社が申請したが、いまのところ承認された工場はないと報じています。
この措置によってマレーシアの輸入量は18年の秋から激減し、最盛期の5分の1に落ち込んでいます。こうして輸入を押さえ込んだのはよかったのですが、既に輸入されてしまったプラスチックごみの行き場がなくなることになりました。
5月に政府が、リサイクルに向かない家庭ごみのプラスチックごみを輸出元に返却すると公表したのには、こうした背景があるのです。
マレーシアも困っているのですね。
他の国も規制を強めているのですか?
そうです。JICAの調べによると、マレーシアは実質的に輸入禁止となったのをはじめ、タイが一部の輸入を禁止し、21年に全面輸入禁止の方針を打ち出しています。
ベトナムは輸入の基準を厳格化、インドネシアが輸入禁止の方針、フィリピンが一部制限、インドが19年8月から全面輸入禁止などとなっています。このように、中国の輸入禁止措置が他の国に波及したといえます。
日本から輸出できなくなったプラスチックごみはどうなっているのですか?
環境省が自治体や産業廃棄物処理業者にアンケートして調べていますが、はっきりしません。処理業者は「リサイクルしている」、自治体は「不適正処理された事例は確認していない」といった模範的な回答をしていますが、どこまで実情を正確に反映したものなのか、疑問があります。
資力のある輸出業者は、産業廃棄物処理業者に処理を委託し、燃やしてもらったり、埋め立て処分してもらったりしています。でも、処理業者は、元々の契約先との取引を優先するので、新規の受け入れには制約があります。ある処理業者は「うちの施設で選別して、リサイクル用に売却していたが、中国に輸出できなくなったプラスチックごみが大量に出回った結果、売却できなくなり、お金を払って埋め立て処分してもらっている」と語ります。せっかくのプラスチックごみがリサイクルされず、埋め立てられるとは実にもったいないことです。
環境省は45億円の補助金を用意し、事業者にリサイクル工場を造らせようとしていますが、すぐにできるわけではありません。多くの輸出業者は敷地に行き場のないプラスチックごみを積み上げています。このままでは不法投棄を招く恐れもあるため、環境省は6月、清掃工場を持つ全国の自治体に、プラスチックごみを受け入れ、焼却処理を求める通知を出しました。しかし、いまのところ協力を申し出た自治体はありません。
6月に大阪で開かれたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)や、5月にスイスであった有害廃棄物の越境移動を規制するバーゼル条約締約国会議でも、プラスチックごみ問題が話し合われました。何が決まったのですか?
G20サミットでは、マイクロプラスチックごみによる海洋汚染を防ぐため、ごみの適正処理を進めて、2050年までに新たな海洋への流出と汚染を防ぐことで合意しました。
またそれに先立ち、長野県軽井沢町であったG20エネルギー・環境関係閣僚会議では、各国・地域の自主的な削減の取り組みを定期的に報告、共有する国際的な枠組みを創設することで合意しました。
バーゼル条約締約国会議では、汚れたプラスチックごみを条約の規制対象品目に加えることで合意し、2021年から実施されることになりました。汚れたプラスチックごみを輸出する業者は相手国政府に申請し、許可を得た場合のみ、輸出が認められます。
ただ、汚れたプラスチックごみとは何を指すのか、その基準づくりにかかることになり、日本からは環境省が基準作りに参加します。基準が中国のようにペレット以外は認めないとなれば、事実上輸出は困難になります。一方、有害性やリサイクルの可能性などから基準を造ると、輸出できないプラスチックごみは限定されることになります。
いずれにしても、途上国にプラスチックごみのリサイクルや処理を頼りにするのではなく、国内できちんとリサイクルする。そして、リサイクルに不向きなプラスチック製品は造らない、使わない、捨てないことが重要ではないでしょうか。マレーシアはじめ、海外の多くの人々を苦しめないためにも。
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